【愛の◯◯】『冴えないワッキーの鍛えかた』

 

羽田さんがやって来ない。

水曜のこの時間帯は、よく来ていたはずなのに。

 

…やはり、ショックが尾を引いているから、だろうか。

きのう、羽田さんは、大井町さんと、ソフトボールで勝負した。

因縁めいた対決。

結果は…大井町さんの、圧勝だった。

3打席連続で大井町さんに打ち込まれてしまった、羽田さん。

終始野次馬だった僕。

負けた羽田さんにことばをかける勇気など…無かった。

 

サークルに行きにくくも、なるよな。

しばらく、顔を出したくないのかもしれない。

羽田さん…なんだか、講義もサボタージュしてるような疑惑があるんだけど、サークルまでサボタージュしちゃうのか。

それじゃあ寂しい。

寂しすぎるよ。

彼女が、サークルに早期復帰できるよう…考えないと。

でも、どうすりゃいいんだろう。

まずは、それとなく、LINEで連絡とか……。

いや、それもなかなか、ハードルが高い気がするぞ。

ううむ……。

 

本音を言えば、羽田さんと大井町さんには、もっと仲良しでいてほしい。

2年女子は、あのふたりだけ、なんだから。

平和な関係が、理想、なんだけど……。

 

――ガチャッ、という音がした。

だれかが、サークル部屋のドアを開ける。

 

大井町さんだったら怖かったが、入ってきたのは――3年生トリオだった。

 

× × ×

 

3年生トリオというのは、

 

・郡司センパイ(男子)

・松浦センパイ(男子)

・高輪センパイ(女子)

 

の2男1女である。

 

ドヤドヤと入ってくるなり、3年生トリオは、きのうの羽田さんVS大井町さんの振り返りをやり始めた。

 

「羽田も、いい球投げてたんだけどな」

と郡司センパイ。

大井町もアッパレだよ。3打席目なんか、14球粘って、15球目に打つんだもの」

と松浦センパイ。

「いい勝負だったな」と郡司センパイが言うと、

「ああ。いい勝負だった…」と松浦センパイが、感慨深げに言う。

 

「羽田さんは……ちょっと、かわいそうだったな」

高輪センパイがつぶやくように言った。

「勝負のあと、シャワールームから、なかなか出てこなかったんだもん」

 

そうか……。

ダメージが大きかったんだ、やっぱり。

 

「――高輪。羽田は、どんくらいシャワー浴びてたんだ?」

訊く郡司センパイ。

…にわかに高輪センパイの表情が不穏になって、

「どうしてそんなヒドい質問するのかなぁ、郡司くんは」

「えっ……な、なんだよ、ヒドいって」

「そんなんだから、高校時代、となりの席の女の子に、3か月間ずーっと口をきいてもらえなくなるんだよ」

「高輪……」

郡司センパイは、困り果てる……。

 

「まーまー、おふたりさんとも」

苦笑しつつ、松浦センパイが、

「今後のことを考えようぜ、今後のことを」

と言う。

「今後のことって、羽田さんのダメージケア?」

「それもたしかにある、高輪」

「『それも』ってことは――松浦くん、まだなにか考えあるの」

「ある」

 

「どういう考えなんだよ」と郡司センパイ。

「早く教えて」と高輪センパイ。

 

「じゃあ、教える。

 ――鍛えるんだ、ワッキー

 

 

!?!?

僕!?!?

唐突に、僕!?!?

 

 

「……鍛える!? 僕を、ですか!?」

 

驚きで、声が出る。

 

3人の注目が僕に集まる。

 

「たしかに……鍛えごろでは、あるな」

僕をまじまじと眺めつつ、そう言ったのは、郡司センパイだった。

「松浦くんの提案にも一理あるね。羽田さんがダメージ受けちゃったのは、ワッキーにも責任があるとも言えるんだし」

容赦ないことばとともに、僕を興味深そうに見ているのは、高輪センパイだった。

 

「だろ!?

 ワッキー……やるなら、今からだ」

 

今から、って、なんですかっ、松浦センパイ。

 

「なんだよお。その顔は、関心しないぞぉ」

「……な、なにをさせるおつもりなんですかっ、松浦センパイ」

「とりあえずノックだな。グラウンドに行こう。

 …いいよな? 郡司も、高輪も」

 

「オッケーだ松浦」

「オッケーだよ松浦くん」

 

唖然呆然とする僕をよそに、

 

「トコトンしごくぞ。ノックでコテンパンにしたあとで、バッティングセンターだ」

「あ! それいい!! 郡司くん、ナイスな案☆」

 

みんな……むごいことばかり言っている。