勝負は、3打席。
3打席のうち、2本外野に打球を飛ばしたら、大井町さんの勝ち。
マウンドに立つわたし。
右打席の大井町さんを睨みつけたら、睨み返された。
絶対に打ち取ってやりたいという気持ちが昂ぶる。
いや。打たせない。バットに当てさせない。
3打席連続三振で、ケリをつける。
力を込めて、第1球を投げる。
…外角高めの、ボール球になってしまった。
力を…込めすぎた。
キャッチャーの久保山幹事長が捕球できず、小走りでボールを取りに行く。
大井町さんはバッターボックスで微動だもしていない。
第2球。
今度は…内角高めに、逸れてしまった。
久保山幹事長が飛びつくも、捕れない。
もちろん、ボール球もボール球。
インハイへのボール球だったけど……大井町さんは、ビクともせず。
彼女の口が少し動く。
『ストライクゾーンに投げてきなさいよ……』
と言っているようにも見える。
わかってるわよ。
ストライクゾーンに入れたうえで……あなたを空振りさせるんだから。
第3球。
ど真ん中。
振ろうともしない彼女。
捕球しそこねて慌てて球を拾う幹事長の横で…不動の彼女。
一球、見るなんて――ずいぶんナメた真似ね。
余裕だこと。
あと2球で――あなたは、泣きを見る。
4球目を、投じる。
やや内角。
打ちごろのコースかもしれないけれど、この球威なら――バットに当たっても、ファウル。
そのはずだった。
だったのに。
響く、快音。
フェアグラウンドに、打球が落ちる。
レフト側にどんどん打球が転がっていき……フェンスに当たる。
打たれた。
大井町さんが、1本、先取。
わたしは追い込まれた。
右打席の彼女の口元が緩む。
『甘いわねえ……』と言われているような気がして、背中をひとすじの汗が流れる。
もう1回打たれたら負け、という事実に、否応なしに追い詰められる。
2打席目は、初球から狙ってくるかもしれない。
……そんな予感があった。
でも、初球打ちへの対処を考える余裕もない。
五里霧中のまま、2打席目の初球を投げる。
失投だった。
甘い球。
初球打ちには、うってつけの球。
高く打ち上がるボール。
やめて。
やめて、フェンスを越えるのだけは。
…越えてしまったら、わたし、マウンドに立っていられなくなっちゃう。
左中間。
フェンスに、ダイレクトに、打球は激突。
跳ね返った打球が、内野の方向に転がり続け、セカンドベースを通り抜けた。
× × ×
……勝負はついたのに、大井町さんは、まだバッターボックスに立っている。
マウンドでうつむき通しのわたしに向かって、
「――続けましょう、羽田さん」
と大井町さんが言ってくる。
「……どうして?」
「勝負はまだ、終わってないと思うから」
「……あなたの勝ちでいいわよ、大井町さん」
「納得なの!? あなたは」
「え……」
「わたしはぜんぜん納得できてないんだけど」
鋭く尖った声で、
「さっきまでのが、あなたの本気だって言うの!?
『勝負』って言ったからには、真剣勝負をしてほしいのに!!」
……なっ。
「もっと本気で向かってきなさいよ。
次の打席、3打席目で――わたしが外野まで打てなかったら、あなたの勝ちでいい」
……そこまで言うの。
いいわよ。
わかったわよ。
わたしが勝ったら、ちゃんと負けを認めるのよ!?
いいわね!?
「――大井町さん!
女に二言はナシ、なんだからね!!」
「わかってるから、それぐらい!」
× × ×
「キャッチャーを代わってくれませんか」と、郡司センパイが、久保山幹事長に申し出た。
キャッチャーになった郡司センパイが、ホームベースの手前に来る。
しゃがんで、キャッチャーミットをばしばしと叩きながら、
「全力で来い、羽田!!
どんだけ豪速球でも、おれが受けてやるぞ!!」
と叫んでくれる。
「はい!!」
大声には大声で。
負けない気持ちを……右打席の大井町さんにぶつけたくて、郡司センパイに大声で返事する。
× × ×
勝負の3打席目の決着がついたのは、15球目だった。
× × ×
わたしは……、
シャワールームから……、
どうしても、出られなかった……。