わたし、高津(たかつ)かがみ。
桐原高校2年生女子。
所属している部活は、放送部。
× × ×
発声練習を終えて、スタジオから出た。
猪熊亜弥部長が、発声練習終わりのわたしに、
「かがみさんは、いつも、発声練習に熱心ですね。頼もしいです」
と言ってくれる。
「ありがとうございます、部長」
「ただ、あまり声を出しすぎると、喉を傷めてしまうかもしれません。がんばるのは素晴らしいですけど……休憩するのも、がんばりの内、ですよ」
部長のいたわり。
優しい。
下級生のわたしに向かって常に敬語なのには…疑問もあるけど。
「少し休みませんか。飲み物で、喉をうるおしたり」
「わかりました。そうします」
着席して、ペットボトルのフタを開ける。
猪熊部長の向かい側の席にいる、小路瑤子先輩が、
「サボるのだって、がんばりの内、だよねえ。…同意してくれるでしょ!? かがみんも」
と無茶な振りかたをしてくる。
小路先輩は、いつもいつも、この調子なのだ。
返事に困っていると、
「無茶苦茶なことを、わめき立てる……ヨーコが元気な証拠ですね」
と、猪熊部長が、小路先輩を皮肉る。
「元気じゃないわけないじゃん」
小路先輩はほんとうに快活に、
「亜弥、あんたは同じクラスなんだからさあ、きょうのわたしの一部始終を見てきてるわけでしょ!?」
「……ええ。最終学年にして、『ヨーコと同じクラスになる』という、最も恐ろしい事態が起こってしまって」
「なにそれ~~、ホントはクラス同じで、まんざらでもないんでしょぉ」
「まんざらでもない? …意味不明なこと言うんですね」
部長のツッコミに少しも動じず、
「きょうは――体育があった」
と明るい笑顔で小路先輩は話し続ける。
「体育があって、更衣室で、亜弥といっしょに着替えた」
……部長が、険しい目つきになり、
「ヨーコ……。話の続き次第では、わたし、怒りますよ?」
「怒るだけだったら気にしないんだよねー、わたし」
「着替えたから、なんなんですか。更衣室でも、体育館でも、なにごともなかったじゃないですか」
「たしかに」
「……」
「でもわたしは……更衣室で、見てしまったのだ」
「……なにを」
「亜弥の――」
× × ×
小路先輩の発言がスケベすぎて、猪熊部長がスタジオの奥に引っ込んでしまった。
「顔も見たくない!!」という怒りのことばを残して…。
「…よく、殴られなかったですね、小路先輩」
「殴られるほどヒドいこと、言ったー?? 亜弥をおちょくってみただけなんだけどなーっ」
「さすがに…さっきの、あの発言は、マズいですよ」
「むしろわたし、おちょくると同時に、亜弥をホメてもいるんだよ?」
「ほ…ホメる!?」
「だって…可愛いじゃん」
「…なにがですか」
「センスが。亜弥の」
「それは…つまり…」
「?? なんで、かがみんのほっぺたまで赤くなるの」
収拾がつかなくなっちゃいそう。
なので、
「女子しか居ないからって、更衣室でのことを引っ張るのは、やめにしましょうよ」
「――まぁね」
「反撃されるかもしれないですよ?? 『ヨーコが着替えているのを見て……』とか」
「へーきへーき」
まったくこの先輩は……と思っていたら、今度は、猪熊部長のペンケースに眼を凝らして、
「亜弥はね、犬柄のシャーペンを、2つ持ち歩いてるの」
とか言い出す小路先輩。
だから、なんですかっ。
「だから、なんだっていうんですか? 先輩」
「――や、どこまで犬柄が好きなんだろうね~、って話だよ。猫はあんなに嫌いなのに、犬になると眼の色変えて、犬柄にこだわりにこだわって、挙げ句の果てに――」
「先輩っ」
「ウワッ!! かがみんコワい」
「わたし言いましたよね!? 更衣室でのことを引っ張るべきではない、って」
「マジメすぎるな~」
「お菓子。お菓子、食べましょう。某ローソンのプライベートブランドですよ。たぶん美味しいですよ」
「…更衣室に持っていきたいぐらい、美味しい?」
「黙ってください!!」