及川太陽(おいかわ たいよう)くん。
わたしの大学のキャンパスのカフェテリアで働いている、同い年の男の子。
× × ×
朝食後、自分の部屋に戻って、小一時間読書する。
読書のあとで、充電ケーブルをスマートフォンから外す。
それからベッドの側面にもたれて、メールの文章をぽちぽちと入力する。
メールは、及川太陽くんへのメール。
彼はなんと現在でもガラケー使いであり、端末に対応していないのでLINEなどが使えないのだ。
やむを得ず、メールでやり取り…ということ。
…メールもメールなりの良さがあると思うけどね。
文章を考える楽しみとか。
『太陽くんおはよう♫
きのうわたし、せっかく文学部キャンパスまで来ることができたのに、カフェテリアに行ってあげられなくて、ゴメンね。
冬休みになるまでに、絶対カフェテリアに行って、絶対太陽くんの美味しいランチを食べてあげるから。
調子も戻ってきてるし、
この約束は……破らない』
――5分も経たずに返信が来た。
きょうは、カフェテリアの仕事はお休みの日なのかしら。
『愛さんはマジメだな。
マジメなのが、メールの文から伝わってくる』
マジメであるのと同じかそれ以上に、わたし、フマジメなんだけどな……と思って、苦笑いしてしまう。
まあいいや。
返信の続きを読む。
『俺も約束する。
カフェテリアに愛さんが来てくれたときは、絶対、ガッカリさせない美味しいランチを味わわせてやる、って。
だけど愛さん、無理はすんなよな。
ずーっと、つらかったんだろ??
キャンパスまで来られるぐらい回復したっていっても、無理は禁止だぞ。
そこも、約束してくれ』
無理は『禁止』じゃなくって、無理は『禁物』って書くほうが、自然といえば自然。
だけど、そんな微妙なニュアンスの違いなんて、どうでもいいんだよね。
今は、ただひたすら、太陽くんのいたわりが……あったかい。
返信への、返信。
『ありがとう。
「ありがとう」の5文字じゃ足りないぐらい、ありがとうだわ。
…わかりにくい表現だったかしら(笑)。
そうね。今はまだ、無理しない。
だけど、来年の春になったころには、また――、
お勉強会、
しましょう?
太陽くんに教えてあげられること、まだまだいっぱい残ってるから。
お勉強会を再開するときは、紬子ちゃんも、もちろんあなたの教師役に。
――あなたは拒否反応あるかもしれないけど。
なにしろ、彼女はあなたの「天敵」だもんね(笑)』
――「お勉強会」とは、高校を出ていない太陽くんに、高校レベルの勉強を教えてあげる会のこと。
そして「紬子ちゃん」とは、古木紬子(ふるき つむぎこ)ちゃんのことで、政治経済学部ながらに文学部キャンパスカフェテリアの常連である彼女は、太陽くんの作る料理の「出来(デキ)」をめぐって、太陽くんといつもいがみ合っているのである。
「天敵」とは、そういうことなのだ。
…返信への返信を送信した10分後。
返信への返信への返信が、太陽くんから送られてきた。
『古木は……ウザいし。
どうしても俺の料理にケチつけなきゃ気が済まない凶悪な性格、マジどーにかしろ、って感じなんだけど。
この前さ。
あの女が、
あの女が……マンツーマン? で、
俺に、日本史を、レクチャー? してくれて』
おおおっ?!
紬子ちゃんが、
太陽くんに、
マンツーマンで、
日本史を!?
わたし……土曜の朝なのに、すっごくワクワクしてきちゃった!!