朝になった。
小鳥が鳴いている。
子猫のように、おれの胸に、愛が、じぶんの頭をこすり付けてきている。
ふう。
もうちょっと、寝かせてやるか。
× × ×
ムニャ……と愛が起きてきた。
「なかなかの寝相だったぞ、おまえ」
「……なにそれ」
照れて、窓際に視線を移す。
「ラジオ体操でもしたほうがいいんじゃねーのか?」
「……そんな気分じゃない」
「わかった。……おまえの気持ち最優先で行こう」
「……最優先ってなに」
「――病み上がりだろ?」
愛は窓際を見続けている。
寝グセがけっこうある。
× × ×
で、朝飯。
ふー食った食った……と椅子から腰を上げようとした。
そしたら――瞬時に、となりの椅子の愛が袖を掴んできた。
袖を掴んでから、手首を握ってくる。
振り向くと、恥ずかしそうに下目がち。
もしや。
「――行ってほしくないんか??」
コクンコクンとうなずく。
苦笑いでおれは、
「――行ってほしくないなら、『行かないで』ってコトバにすりゃいいのに」
と言うも、
「デリカシーないよお兄ちゃん。おねーさん、コトバにするの恥ずかしいんだよ」
と、前の席に座っていたあすかにたしなめられてしまう。
あすかは微笑(わら)って、
「しばらくいっしょに居てあげなよ、お兄ちゃん」
「しばらく…か」
「そ。やっと…寄り添えたんだし」
さりげなく、おれは座り直す。
両手でおれの左腕を愛がギュッと握ってくる。
おいおい。
「おまえなー。激しすぎるぞ、愛情表現が」
たまらず爪を立ててくる愛……。
「お兄ちゃんはそーゆーところだよね」
あすかも詰(なじ)ってくる。
利比古はというと、食後のコーヒーを入れたマグカップ片手に、穏やかに笑っている。
「ど、どーにかならんか、この状況」
利比古に助けを求めるが、
「アツマさんがなんとかしてください」
と、つれなくマグカップを口に運ぶだけ。
い、イジワルだな、珍しく。
× × ×
おれと愛だけがダイニングに取り残された。
「おい、なんとか言えよ、愛」
「……」
「くっつきたいのはわかるからさ」
「……」
「それと」
「……?」
「せっかくキレイな髪なんだから、寝グセが残ってるのは、もったいないぞ??」
おれの腕が強~く握りしめられる。
「愛、痛い痛い」
「……」
黙って、そこにあったコーヒーを啜(すす)る愛。
「寝グセはどーにかせんでもいいんか」
とたしなめる。
だが、愛は、無言で肩を寄せてくるだけ。
どこまで行ってもスキンシップってか。
なんだコイツは。
…まあ、いっか。
ふぎゅうっ、と密着の愛に、
「テレビとか、観たくないか?」
「……」
「黙ってちゃ、わからん」
寝グセ付きのまま、ふるふると振られる愛のあたま。
「――そうか。あくまでも、ここで、おれにくっつき続けていたいってか」
黙って、うなずき。
「てっきり――プリキュアでも観たい気分なんかなー、とか想像してたんだがな」
もちろん冗談だったんだが、
頭突きされてしまった。
× × ×
夜。
愛のお部屋。
「頭突きは痛かったぞー、頭突きは」
「…蒸し返さないで」
「ハイハイ」
ベッドに座る愛をじっくりと見て、
「……明日は大学だが」
と切り出す。
「行けそうか?」
逸れがちの視線で…愛は、
「がんばる」
と、消え入りそうな声。
消え入りそうなほど受け答えの声が小さかったのが、気になった。
元気出せよ……。
「きょうも、おれ、いっしょに寝るから」
「……わかった」
「おまえも、そのほうがいいだろ?? スキンシップに飢えてるみたいだしな」
「……アツマくん。言いかたっ」
「デリカシー、ってか??」
「デリカシー」
「すまんな」
「……こっちきて」
「んっ?」
「こっちきてよ」
「おー、早くもベッドか」
「……うるさいっ」
× × ×
――で、愛といっしょに熟睡して、月曜日を迎えた。
のだが。
「……おいおい、いい加減起きろよ。朝飯食わんと、大学に遅刻――」
「……アツマくん……」
「ど、どうした」
「アツマくん……、
わたし……、
学校……、
行きたくない……」
「!?」