「はい、ホームルーム、おわり~」
――放課後になったわけだが、
一目散に、教壇の伊吹先生に向かっていき、
「伊吹先生」
「どしたのー? 羽田さん」
「きょう、ちょっと部活遅れるので」
「ん、全然いいけど、なんで」
「……友だちのために、ひと肌脱ぐんです」
× × ×
友だちとは、青島さやかのことで、
ひと肌脱ぐためには、探さないといけない人物がいる。
アタリはつけていた。
職員室の前で待ち構えるのも悪くはなかった。
でも、かならず『彼』は放課後、ある部屋に向かうはずだから、わたしはその部屋の近くで待ち構えるのを選んだ。
「荒木先生!」
「羽田さんじゃないか、なんでこんなところに」
「わたしがここに来たら、おかしいですかー?」
のっけから挑発的になってしまった。
ま、こうでないと……。
「え……」
「まあたしかに放課後ここにはふつう来ませんよね」
「うん、そうだよね……」
「でもきょうは別なんです」
「別、って」
「――これから、音楽準備室で作業されるんですよね?」
「そうだけど……よく知ってたね」
「女子高生の情報網をなめないでください」
「ハハ……。かなわないな」
「かなわないな」じゃないでしょっ。
「せっかくなので、わたしも荒木先生手伝います」
「羽田さんが?」
「不都合でも?」
わざとらしく、不満げな表情を作ってみる。
そして距離を詰める。
わたしに迫られてテンパり気味の荒木先生。
もっとしっかりしてよ。
× × ×
「もっと生徒を頼ってくださいよ」
入室済み。
荒木先生とふたりきりの、密室――なわけだけど、それがどうしたのよって感じ。
緊張もなにもない。
「けどさ。羽田さんの授業は――受け持ってないし」
「それがどうかしたんですかー?」
答えに窮(きゅう)する荒木先生。
「わたしこういう部屋の片付けには自信あるんですよ。というか、自信ありまくり」
「そ、そうなんだ」
「もっと早くわたしを呼んでくれたらよかったのに」
本心で言ってるんではない。
これも、挑発。
「あー、でも、」
机の上のプリントやら教科書やらをガンガン片(かた)しながら、
「わたしの出る幕はなかったのかもしれませんねえ。
本来。」
「本来」と、わざ~とらしく言い添えた。
わたしの意図に少しは気づいたかしら。
でも、まだ攻めたりない。
「とある女生徒がいました。
彼女はとある若い男の先生を、とても慕っていました。
彼は音楽の先生だったから、音楽の話題を共有できるのが彼女にはとても嬉しかった。
けれども、彼女はいつまでも彼と同じ空間に居続けることはできません。
卒業しなければならないからです。
だから、彼女はお願いをしました。
お願いとは、楽曲提供。
なんのための楽曲提供なのか――もう、お分かりですよね?」
『6年劇』。
「――提供された楽曲を、彼女は想いを込めて弾きました。
でも肝心なときに彼は不在で、直接自分の演奏を聴かせる機会は先延びになっていました。
不在だった理由は――『出張』だったそうです。
学校の先生なんですから、出張があるのは仕方ありません。
身分の違いが、すれ違いを生む……これは大げさですけど、教え子と教師のあいだには、見えない壁が立ちはだかるのです。
さて――、それでも、彼女は見えない壁を打ち破りたくて、彼のいるところに押しかけました。
彼のいるところ、とは、いったい如何(いか)なる場所か?
どこなんでしょーねー。
それと、彼女が押しかけたのは、いつなのか?
季節が秋から冬に移り変わるころ……とだけ、わたしは言っておきますけど」
これだけ言えば、荒木先生も、いろいろと悟(さと)ることだろう。
だれのことで――わたしが先生に憤(いきどお)りを感じているのか。
「羽田さん――」
「なんでしょうか?」
「――きみは、
ストーリーテラーだね」
「……はい??」
「どうしてそんなに即興でストーリーを物語れるんだい」
え……。
もしかして、
この先生は、
なにも……わかってない。
「先生……。わたしが、『たとえ話』をしてるって、わかってますよね??」
「んー。
なんとなく、事実に基づいてるんだろうなー、とは、思ったけど」
鈍感。
しかも、
当事者意識、なし。
……だんだん、
腸(はらわた)が煮えくり返ってきた。
「…アツマくんだったら、ひっぱたいてるのに」
「え、なにか言った? 羽田さん」
「言いましたっ」
ガタン、と椅子を引き、着席する。
「先生、訊きたいことが山ほどあるので、そこに座ってください」
そこ、とは、言うまでもなく、わたしの向かい側。
「――取り調べか、なにか?」
そこらへんは鈍感じゃないんだ。
ムカつく。
「まさに取り調べです」
「ハハハ……羽田さん警察だな」
バカ。
「…あいにくカツ丼はありませんが」
「あったら、本格的だよねぇ」
「はやく座ってください。」
「あ、ごめんよ」
「ところで先生は……カツ丼の作りかたは知ってますか?」
「知らないが」
「……こんど、家庭科室で、お手本を見せてあげましょうか」
「作ってくれるの?」
「わたしが何回『お料理同好会』に勧誘されたと思ってるんですか…」
イライラして、
右の人差し指で、小刻みに机を叩きまくる。
「…先生、『取り調べ』は一度ではないので」
「きびしいね」
「…第2ラウンドは、家庭科室。」
「カツ丼?」
「ええそうですよ。カツ丼作ってあげますから。
わたしがカツ丼作る代わりに、先生の黙秘権はなしです」
「カツ丼の代償として……黙秘権が奪われるのか」
「あたりまえじゃないですか。」