「引き継ぎが遅れてごめんね、川又さん」
『いえいえ、センパイの受験が優先でしたし』
「卒業式に間に合わなかったね」
『気にしなくても、いいですよ』
「――どこでやろっか?」
『引き継ぎをですか?』
「そ」
『ん~、どうしましょうか』
「『メルカド』とか」
『……『メルカド』もいいんですけど、わたしの実家のお店でやるっていうのも』
「あ」
『な、なんですか』
「『メルカド』と、張り合ってる?」
『そ、それはどういう』
「自分の家の喫茶店のほうが、『メルカド』より美味しいコーヒーを出してるんだ……って」
『そんなこと、ぜんぜん思ってませんよっ』
「ほんとに~?
――『メルカド』でも、あなたの家の喫茶店でも、いいんだけど、さ。
川又さん、
わたしの邸(いえ)に――、来てみない?」
『センパイの邸(いえ)で――引き継ぎですか?』
「川又さんまた来てほしかったし」
『センパイの、邸(いえ)まで……』
「気が進まない?」
『や、わたし、わたしは……むしろ、お邪魔したいほうですが』
「じゃあ決まりだ」
『……決まっちゃった』
「待ってる」
『……どこで、やりましょうか? センパイの、お邸(やしき)の』
「その場の、ノリ」
『えぇ……』
「だいじょうぶよ、アツマくんとか、どっかに放り投げておくから」
『放り投げるって、そんな』
「引き継ぎに悪影響でしょ」
『アツマさんを、そんなにイジめなくても……』
「――珍しいね、あなたが彼の肩を持つなんて」
『だって』
「――苦手意識、あったんじゃなかったっけ?」
『……もうないですから』
「文芸部は、どう?」
『変わりないですよ。平和です』
「――部員のほうは、変わんないかもしれないけど、」
『はい、』
「伊吹先生は――」
『――はい。『変わりない』の反対で』
「ま、そういうことでしょ」
『そういうこと、ですね』
「川又さんは、2月も、伊吹先生の様子を、間近でちゃんと観(み)てきてるから――」
『わかっちゃいました』
「気づかない、ってほうが無理か」
『気づいてるけど、あえてなんにも言わない』
「卒業式まで、とっておく」
『それもまた一興(いっきょう)、と』
「――で、手筈(てはず)は整ってるのよね」
『オッケーです』
「さすがだ」
『センパイも、うまくやってくださいよ』
「言わずとも……」
× × ×
川又さんと『密約』を交わしてる感じで、
電話の最後のほうは、なんだか可笑(おか)しかった。
さて――、
次の電話相手。
× × ×
「ハローさやか」
『ハロー』
「お、『ハロー』に『ハロー』で返してくれた」
『どういたしまして』
「……きょうは、起きるの、遅かったんじゃない?」
『なぜにわかるの』
「2次試験明けの土曜日じゃない」
『――まあね』
「おつかれ」
『ありがと、愛』
「ホントのホントに、おつかれ」
『……しょうがないなあ。でも、ありがと』
「前祝い、する?」
『まーた突拍子もなく』
「わたしは前祝いに前向き」
『急ぎすぎだよ、愛』
「そっかなあ?」
『…わたしは、あんたのほうを、もっと祝ってあげたいよ』
「えー、『おめでとう』なら、もう十分言われたよぉ」
『あんたはそう思ってるかも、だけど…』
「さやかだって、言ってくれたじゃない、合格した日に」
『……あらためて、『おめでとう』って、言いたい気分なんだよ』
「なにそれぇ」
『……まだ、祝い足りないと思って』
「――ふぅむ」
『愛?』
「――さやかが女の子にモテる理由が、またひとつわかった」
『だから、唐突だってあんたは!』
あはは。
「そうだよね、そこでつっぱねるよね、さやかは」
『わ・ら・い・す・ぎ』
「もう、さやかのつっぱねるタイミング、完全に把握しちゃってる、わたし」
『ろくでもないんだから……』
「あはははは」
『あんたのそーいうとこ、ほんっっとーに『玉にキズ』だって思うよ』
「実感がこもってる口ぶりね」
『あたりまえでしょ。親友なんだから!!』
あはははは……。
……うれしい。
うれしいな。
さりげない、
『親友なんだから』、が――。
「――さやか」
『――ん』
「ここから、本題」
『――、
本題、来ちゃったか』
「来ちゃったんだよ。
――告白したのまでは、教えてくれたよね。
そのあと、進展してないってのも、なんとなくわたしは感じ取ってる」
『――――愛が、感じ取ってるとおり』
「告白できたのは、よかった。
わたしが、家庭科室で、カツ丼作って食べさせた甲斐があった」
『なんてことしてんの、って、最初聞いたときは思ったけど』
「そうでもしないと、動いてくれないでしょ。荒木先生なんだから」
『ま、荒木先生も、変わってくれたと思ってる――あんたのカツ丼のおかげかどうかは別として』
「だけど――まだ、荒木先生を動かせるチャンスは、ある」
『……』
「そしてそのチャンスは、もう、卒業式ぐらいしか、残っていない」
『……』
「どうしたい? さやか」
『……』
「……」
『……』
「……」
『……』
「……我慢比べみたいになっちゃうの、イヤよ」
『――――思い出してたんだよ』
「なにを??」
『『手紙を書いたら、どうかな?』って。
アツマさんが、そう提案しててくれてたなーって』
「あー。
12月に、邸(ここ)で、わたしとさやかとアツマくんの3人で、『作戦会議』したときか――」
『終業式の日だったよね?』
「たぶん。詳しくは、過去ログ」
『こらっ』
「だって、過去ログ読んでくれないと、背景がわからないって確率が高いでしょ」
『こっちの努力不足も大きいよ』
「こっちって、どっち?」
『……過去ログ読んでほしいなアピールは、やめようね。
と・も・か・く!!
わたし……アツマさんの提案を、実行してみようと思う』
「『手紙』?」
『そう、手紙。』
「……そんなすぐに、手紙って書けるかなぁ」
『なめないでよ、わたしを』
「さやか――」
『ちゃんと書いて、ちゃんと渡せる』
「――どこからそんな自信が」
『わかんない』
「……わかんないのもひっくるめて、自信なのね」
『東大合格よりも……自信ある』
「さささやかっ、そっそんなこと言っちゃダメっ」
『愛』
「――」
『あわてない』
「――」
『ねっ?』
「卒業式、卒業式――ちゃんと来るのよ」
『とーぜん』
さやか……、
変なところで、図太いんだから……。