【愛の◯◯】カラヤンと青い空

@音楽の授業

 

ビゼーアルルの女』より「ファランドール」♫

 

「いいねえ。血湧(わ)き肉躍(おど)るというか、思わず興奮してしまうぐらいに、いい。

 

 ファランドールってのは、南フランスのプロヴァンスっていう地方の民俗音楽らしい。

 もとは、『アルルの女』っていうお芝居の付随音楽…劇伴みたいなもんだな…付随音楽だったんだけど、そこから2つ組曲ができて、ファランドールは第2組曲の4曲目、じつは第2組曲ビゼーが死んじゃったあとに成立したんだなー、これが。

 

 えっ?

アルルの女』の原作者は誰かって?

 

 えーと、

 えーと、つまり、お芝居を書いたひとだよね、ちょっとタンマ、ド忘れしたのかな……。

 

(さぐるような目つきで、わたしの席のほうをチラと見る)」

 

荒木先生が、

わたしに助けを求めている。

 

「文学に詳しい青島さんなら知ってるかも、いや知ってるはずだ」

 

ーーそういう眼だ。

 

たしかにーーわたしは答えられる。 

 

アルフォンス・ドーデですよ。先生」

 

「(助かった、と言わんばかりに)そう!! たしかそう!!w さすが青島さん

 

 

『おお~っ』

 

 

(^_^;)……こんなんで、いいのかしら。

 

ドーデなんて、わたしも名前しか知らないけど。 

 

 

 

× × ×

 

放課後、

 

いつぞやのように、「音楽準備室の掃除を手伝ってくれ」と荒木先生に頼まれて、

いつぞやのように、先生とアカ子とわたしの3人で、作業に取り掛かった。

 

ところが、「抜けられない用事があるので……」と、アカ子が先に帰ってしまった。

 

 

たぶん、空気を読んだんだと思うーーわたしのために。

 

「アカ子さんの用事ってなんなんだろう。青島さん知らないの?」

 

「…さあ、なんなんですかね?」

 

「し、知らなきゃ、それで済む話ではあるけど、うん。」

 

「…彼氏でもできたんじゃないですか」

 

 

・荒木先生の手から書類がすり落ちる

 

 

ごめん、アカ子。

今度なにかおごってあげる。

 

 

「(落ちた書類をかき集めながら)それに……してもだ。青島さんはすごいなあ」

「(いっしょに落ちた書類を回収しながら)なにがですか?」

「文学の知識。」

「それほどでもないです」

「や、今日の授業、あそこでアルフォンス・ドーデなんて名前がすぐに出てくるなんて」

「たしかに、それは、それほどでもあるかもしれませんね」

「ほんとはぼくのほうがもっと勉強しなくちゃならないはずなんだけど」

「(トントン、と書類を整頓して)だけど?」

「(立ち上がって)なかなかねえ…。

 

 ね、青島さんは、きっと子どもの頃から本読むのが好きだったんでしょ?」

「(椅子に座って)兄の影響で、むかしから本はよく読んでました」

「アカ子さんや羽田さんも、たぶんそんな感じだったんだろうなぁ」

「(苦笑いして)アカ子はたぶんそうですけど、愛はちょっと違うかもしれませんね」

「羽田さんが!?」

「読んでなかったわけではないみたいです。

 でも彼女、絵本が嫌いだったみたいで。

 だから比較的読み始めるようになるのが遅かったとか。

 それに、体を動かすのが好きで、男子とよくケンカしてたらしく…要するに『おてんば』というか『はねっかえり』というか…そんな幼少期だったみたいですよ」

「ケンカって、取っ組み合いの?」

「取っ組み合いの。」

「…ぼくよりケンカ強そうだなあ」

 

× × ×

 

・CD棚を整理するわたし

 

モーツァルトが多いですね」

「ま、仕方ないよw」

「あ、交響曲第25番」

「好きなの?」

「はい」

「17歳で作曲したんだよ」

「天才…わたしと同い年で」

 

「25番と40番だったら、どっちが好きだ?」

「25番です。40番はそれほど」

「ざんねんだな~w ぼくは40番のほうが好きなんだ」

わたしも残念です

「……」

「……」

 

「先生、

 先生が、いちばん好きな交響曲ってなんですか」

交響曲限定かい?」

「限定。」

「そりゃードヴォルザークの『新世界』だよ」

「……ミーハーですか。」

「きびしいなー、青島さんw

 たしかにぼくは半人前だし未熟者だし、ミーハーと言われても、甘んじて受けいれるが!w」

 

やばっ。

先生に、失礼すぎたかも。

 

「すっすみません先生っ、軽はずみなこと言ってしまって、」

「ーード定番であっても、いいものはいいんだよ」

「しょうじき、ドヴォルザークはあんまり聴かなくってーー」

 

「(窓の外を眺めて)

 ーー夢があってさ。

 

 交響曲を指揮するんだ。

 

 それで、その夢のなかで、いちばんの夢は、

『新世界』の第4楽章を指揮することなんだーー。」

 

 

「先生、カラヤンを見てるみたい」

「?? どういうこと?」

「たとえ、ですよー。

 

 窓の外に、カラヤンのイメージが浮かんでいて、

 雲のむこうに指揮棒を持って立っているカラヤンを、

 眼で、追いかけてる」

 

カラヤンだけが、憧れじゃないさ」

「だからたとえ話ですってw」

 

「やっぱ文学的だね、青島さん」

「いまのたとえはぜんぜん文学的じゃないです」

「謙遜しなくても」

「ぜんぜん謙遜じゃないです」

「自信持ちなよ。若いんだから」

「そのコトバ、そっくりそのまま、先生にお返しします」

「ハハ…w」

「先生、わたしの兄より若いのにっ」

そうだったの!?

 

 

 

青い空に、なにも見えない、

 

ということはなくって、

 

飛行機雲が、

 

一筋、伸びている。