アツマさんは、親身になってお悩み相談に乗ってくれた。
これなら、葉山むつみさんとちゃんと向き合っていけそうだ。
ヤキモチなんか焼かなくて良い。彼女との距離を着実に詰めていける。
今度、通話でもして、話し込んでみようかな……というコトも思った。
アドバイスされる前に、アツマさんに頭を撫でられた。
頭ナデナデをされるのは初めてだった。
恋人の羽田愛ちゃんだけじゃなくて、色んな女の子に頭ナデナデしているみたい。
そのコトは、昨夜お悩み相談をお願いする前から、どこかで誰かから聞いていた。
『色んな女の子に頭ナデナデ』って書くと、アツマさんのコトを誤解されそうだけど、彼は別に嫌らしい男性(ひと)なんかじゃない。
逆。彼にスキンシップされたことで救われた女の子も少なからず居る。
昨夜頭ナデナデをされたわたしも、ナデナデされて嬉しかった。
くすぐったかったけど。
嬉し恥ずかし、だった。
ナデナデされて、アドバイスをもらって、夜道を駅まで2人で歩いた。
そのあいだじゅう、アツマさんが、自分の『お兄さん』に見え続けていた。
きょうだいが居ないわたし。その不在を埋め合わせてくれるように。
電車に乗って家に帰って、2階の自分の部屋にしばらく引き籠もった。
キモチはしばらく温かいままだった。
『アツマさんにお弁当を作ってあげたい。どうやって届けてあげたら良いのかな?』
ベッドの上で膝を抱えながら、そんな思いにも耽ったりしていた。
もし、ソースケに、頭をナデナデされたりしたら。
全然違う感情が湧き出てくるんだろう。
動揺しちゃうだろうか、わたし。
ソースケの顔を10時間以上見られなくなっちゃいそう。
心拍数の上がり方もスゴそう。
くすぐったいキモチの、その向こう側まで。
遠距離彼氏たるソースケのスキンシップだったら……そう、『向こう側』まで、行ってしまいそうで。
× × ×
アツマさんと違ってソースケはヒョロヒョロだ。
ヒョロヒョロ遠距離彼氏は、今日、福岡から東京に舞い戻ってきた。
遠距離が近距離になっている。
というか、近距離というよりも、至近距離。
帰省してすぐに、わたしの家のわたしの部屋まで来てくれた。
2人で部屋で過ごし始めて1時間近く経とうとしている。
ヒョロヒョロ彼氏のソースケは、ベッドの側面を背もたれにして、競馬雑誌を読み耽っている。
わたしもベッドの側面を背もたれにしていた。
さりげなく、ソースケとの間隔を詰める。
そして、さりげなく、
「懲りないよね、あんたって」
と言う。
「年がら年中、頭の中がお馬さんワールドなんじゃないの?」
と煽ったりもする。
「否定しない」
とソースケ。
「宝塚記念が終わって、上半期の中央競馬が一段落したから、東京に戻って来たんでしょーが」
とわたし。
「今日から3日間ぐらいは、頭の中のお馬さんを冬眠させたって良いじゃないの」
「なんだその表現」
あのねぇ。
笑わないでよ。
「残念なコトに、明日明後日は土曜日曜なんだよなー。夏になっても中央競馬は続いていくんだ」
半笑いでそんなコト言わないで。
「ばか」
わたしの口から、思ったコトがそのまま出る。
「宝塚記念は外したんでしょ!? 負けても負けても懲りないんだね」
「そーともいう」
右拳を握るパワーが強まり、
「このブログのスケジュール的な都合で、宝塚記念の結果の詳細とかは書けないけど!!」
「おーい、マオー。メタフィクショナルな方面に脱線しちゃダメだぞ〜」
「わたしは、キッパリと言っておきたいの!!」
「ほほぅ」
なにそのリアクション。バカじゃないの、ホント。
「今のあんた、体型だけでなくてメガネまでヒョロヒョロに見えるよ」
「なんだそれー」
「気の抜けた声出さないでよ」
「あっハイ」
「ほーんとソースケって、ヒョロヒョロなトコロが、アツマさんとかとは大違いで……」
「アツマさんの名前出すってコトは、アツマさんに会ったん?」
途端に体温が上昇して、
「そ、そう、会ったよ、会った。あのヒト、やっぱりガッシリしてて、逞(たくま)しそうだった」
「逞しいだけじゃなくて良いよな、アツマさんは。母校が同じであるおれたちは、みんなアツマさんをリスペクトしてるけど、ちゃんと理由があってのコトで」
「あんたは全然リスペクトされてないよね」
「当たり前当たり前。校内スポーツ新聞作って配ってただけだから。新聞部的な人間なんて、学校では厄介モノさ」
「……『厄介モノ』なんて言わなくたって良いじゃん。わたし、そんな卑屈なソースケ、きらい」
「んっ」
「わたしの顔を見て」
「見るって、こう?」
顔を向けられて、少しドクン、と胸の音がしたけれど、右人差し指で自分の顔を指し示して、
「周りの人間にリスペクトされないのは当たり前だけど。あんたのコトをリスペクトしてる人間が、今、ここに居るよ」
ソースケが押し黙る。
わたしも押し黙る。
至近距離なのに、微妙な距離感が産まれる。
それがイヤで、やがてわたしは、勇気を出して、
「自分自身を過小評価するソースケは、きらい。自分自身を過大評価するソースケも、きらい」
と言ってから、
「自分自身のコトを適切に評価できてるソースケだったら……大好き」
とキモチを吐き出していく。
「『大好き』の条件が、なかなかハードル高いな。おれ自身を適切に評価する、か……。アレだ、ソクラテスの『汝自身を知れ』にニュアンスが似てる」
「あんたはソクラテスの反対だよね。高邁(こうまい)な思想……みたいな、そんなモノ少しも持ってないし」
「難しいコトバ知ってるんだな。『高邁な思想』かぁ」
「……だけど、あんたがろくでもないからこそ、ますます好きになるって時もあるんだよ?」
「どんな時に」
「ろくでもないあんたが、わたしの夢の中に出てきた時、とか。」
「なーんだ、それっ」
「見るんだよ、夢を!! ゆ、夢の中だったら、福岡に居るソースケに、会えるし……」
苦しいぐらい胸は高鳴っている。
このままキモチを吐き出し続けたら、喘(あえ)いでしまうのは避けられない。避けられるはずも無い。
コトバじゃダメなのなら。
カラダで。
カラダで、ココロを表現してみたくって。
倒れ込むように、ソースケの胸に飛び込んだ。
押し倒しちゃう勢い。
ソースケが少しだけ抵抗して、完全な押し倒しにはならなかった。
「ビックリさせちゃったね、痛かったかもね。ごめんね」
わたしは早口で言った。
「謝る必要も無いけど」
余裕残しのソースケは、わたしを仰ぎ見ながら、
「おれ、いきなりそんな風にしてくるおまえが、好きなんだと思う」
言われてしまった。
『好き』の2文字が、セリフの中に混ざっていた。
わたし以外の誰が見ても、わたしの顔面は激しく紅潮していると思う。
こんな顔面は、あまり見られたくない。
とりわけ、今は超至近距離の、遠距離彼氏には。
だから、だから……。わたしは、ソースケの胸に、あつあつの顔を埋(うず)めていく。