身だしなみはこれで良かったのかな。
ふだん、実家の中華料理店の空気に染まっているから、
ついつい、喫茶店なんかに行くと、
じぶんの身だしなみを、過剰に気にしてしまう。
――まぁ、いいや。
開き直りだって、時には。
× × ×
喫茶店『リュクサンブール』のドアを、カラカラン♫ と開ける。
アツマさんが、わたしの眼の前に来てくれる。
「――マオか」
「はい、こんにちは」
「好きな席に座っていいよ」
「やったー!」
絵本の棚のそばにある席に座る。
棚を背後にして、注文を訊きに来るのを待つ。
アツマさんがやってくる。
わたしはストレートティーと本日のケーキと、それからそれからバニラアイスを注文する。
「――ケーキに加え、バニラアイスか」
「別にヘンじゃないですよ」
「――まぁな。
ご注文は以上でよろしいですか?」
「よろしいです!」
アツマさんの去りぎわに、
小声で、ささやくように、
「あの……浮いたりしてませんかわたし? お店のなかで」
はぁ!? と、なに言ってんだか…みたいな顔になって、
「浮いてるわけないだろ。なにを言うか」
「良かったです。安心しました」
「ほんとうに安心した~、って顔だな…」
「てへ☆」
そして、紅茶とケーキとアイスを運んできてくれたアツマさん。
「うわ~~、おいしそ~~」
「良く味わえよ」
「ハイ味わいます」
やはり、去りぎわに、
ふたりだけの秘密を言うみたいに、小声で、
「アツマさん、アツマさん」
「え、なによ」
「バイト上がるの――いつですか?」
× × ×
わがままだ。
アツマさんのバイトが終わったあとに、彼ともう一度落ち合った。
夕暮れの道を、ふたりで歩く。
「あした――文化祭ですよね? わたしたちの出身高校の」
「だな。おれたちの出身高校であり、あすかが通ってる高校でもあるな」
「アツマさんはぜったい、あすかちゃんに『来て!』って言われてますよね」
「あいにく。」
「『来ないとおしおきだよ』とか――」
「あいにく、な。あいつはそういう性格だから」
わたしものぞいてみるかー。
……ところで。
「妹がいるって、いいですよね」
「な、なんじゃあ唐突に」
「わたしひとりっ子なんで」
「おれの妹はそうとう凶暴だぞ」
「凶暴なのもひっくるめて、いいんじゃないですかあ」
「……言いたいことは、なに?」
「わたし……。
アツマさんみたいな、お兄さんがほしかったかも」
ビックリするアツマさん。
「……言われません? 身近な、女の子に」
「――言われたことあるよ。でも、マオにまで、そう言われるなんて」
夕焼け雲を見上げ、
「ヘンテコな話かもしれませんけど」
「…?」
「一度でいいから、わたし、アツマさんに、お弁当を作ってあげたくって」
「そりゃまた、どうして…!」
「わたしの手作り弁当は、食べないと、損ですよ」
わたしの真横で、夕焼け雲を見上げ始めたアツマさんは、
「――損だわな。マオの弁当、食べないのは」
ほら。
言ってくれた、食べないと、損だって。
「――だけど。おれの弁当作りに『のぼせる』のもいいけど」
えっ?
「――創介くんのことは、いいのか?」
……えっ。
「どういう……意味ですか?」
屈託なく笑うアツマさんは、
「だからぁ、創介くんのことも、もっと大事にしてやりなよ、ってことだよ」
なぜか、からだが火照(ほて)る。
アツマさんはなおも、
「気持ちは通じ合ってんだろ? ――遠距離でも」
「……」
「だよな。マオの顔が、そう言ってるよ。『通じ合ってる』って」
× × ×
「……きょう、アツマさんに、からかわれちゃった」
『からかわれた? どんなことで』
いったん眼をつぶり、
それからもう一度、PC画面のソースケに向き合って、
息を吸って、
「わたしとソースケとの……ことで」
『遠距離恋愛って素晴らしいなあ、とか、言われた?』
「……ほとんど、そんな感じ」
声を出して笑うソースケ。
こっちは恥ずかしくなる。
『――話を無理やり変えちゃうんだけどさ』
「なによ、お馬さんの話とか?」
『ビンゴ』
「――ハタチになって、晴れて馬券が買えるようになったからって」
『神戸新聞杯があるんだ』
「知ってるよ。ダービー馬が走るんでしょ」
『おー、良く知ってんな』
「で、次の週に、凱旋門賞」
『おー、すげぇ』
「凱旋門賞の馬券も……買えちゃうんだよね」
『そうだ。でも、クロノジェネシスもディープボンドもいっさい買わん。海外馬を買って儲ける。クロノジェネシスかディープボンドが勝っちまったら、それはそれで、本望だ』
「……すごく楽しみって感じだね、ソースケ」
『待ち遠しいさ、そりゃあ』
「わたしは……別の意味で、『待ち遠しい』」
『んん?』
「ソースケが……また、こっちに帰ってくる日が」
『ん……』
「ソースケ」
『真顔で……どーした?』
「わたし、
ソースケが、すき」
『マオ……。』
「もう1回、言ってあげてもいいんだよ。
ううん、もう1回、じゃないや。
何度でも、『すき』って言ってあげたいの」