【愛の◯◯】春は博多行新幹線の季節

桜子には引き継ぎでコッテリといじめられたけれど、受けてきた第一志望の大学には合格した。

 

それから一週間は、名残惜しいスポーツ新聞部で楽しく過ごした。

 

卒業式が終わってからも、「偉大なる元・部長」として、出発の日までは居座ってやろうと思っていた(椛島先生を泣かせる意図はなかったが)。

 

けれども不都合なことに「母校」が休校期間に入って、ロックアウトじゃないけど「母校」から強制的に締め出されるわけで、スポーツ新聞部も当然、部活停止状態になっちゃった。

 

テレワークじゃないけど、Skypeを使って秘密裏に? 「編集会議」でもしようかと思い立ったが、ものぐさなおれは思いつきを思いつきのままほったらかしにしてしまった。

 

まあもはやおれが口出しできるスポーツ新聞部ではない。

 

部長は桜子、副部長は瀬戸ーーそういう新体制のスポーツ新聞部に期待している。

 

「母校」がいつ新年度になるのかが、最大の懸念だ。 

 

東京が大変になっていくのを尻目に、やおら逃げ出すようにして、きょう、新幹線で、おれは福岡に引っ越す。

 

マオには、引っ越し準備で、だいぶ世話になった。

 

 

……マオとこれから東京駅に行く。

 

新幹線のホームまで、マオはついていってくれる。 

 

 

× × ×

 

 

「さみしくないのか?」

「わたしが?

 さみしいに決まってるじゃん。

 福岡から東京って、どんだけ離れてると思ってるのっ」

「いやそっちじゃなくて。

 親父さんのお店で働きだしたらーーもう『学校』生活とはおさらばだぞ」

「そっちのこと!?

 

 ぜんっぜんさみしくない。

 あんまり気にしないでよ。

 ソースケは自分のことだけ心配してなよ」

「そんなこと言ったら…余計マオのことが心配になるだろ」

「なにそれ。

 あんたの行く末のほうがよっぽど気がかり。

 大変なんだから。

 これからどうするの、って言いたくなる。

 

 福岡まで行って何するの、って、家族の人と相談しなかったの?

 したんでしょ?

 

 あ。

 楽天的なあんたのことだ、

 どうせ相談しても仕方がない、って、家族の人も黙認で、」

 

「……バカだろおまえ。」

 

「あ、あんたにだけは言われたくない」

 

「……相談したに決まってるだろ。

 家族会議も、一度きりじゃ終わらなかった。」

 

 

・気まずい空気が落ちるーー

 

 

気まずい空気のまま電車に乗った。

 

マオの顔を見なかった。

 

小倉競馬・小倉競輪・久留米競輪・若松ボート・芦屋ボート・福岡ボート・飯塚オート…と、公営競技が福岡県にいくつあるか数え上げて気を紛らわそうとしたが、無理だった。

 

ーー20歳未満は、投票券を購入してはいけないからだ。

絶対そうだ。 

 

× × ×

 

東京駅

 

マオのほうから、おれに声をかけてくれた。

 

「…足の踏み場もない、ってほどじゃないね」

 

「…どうかなあ」

 

 

 

 

ふと、おれとマオは、雑踏の中で顔を見合わせ、

 

なんだかおかしくなって、

「ごめんね」の一言もお互い言わずに、

クスクスと笑いあっていた。 

 

 

「なあマオ……」

「どしたの? ソースケ」

「いや。

 あそこ、座れそうだから、ちょっと休憩しようって話。発車時刻もまだ先だし」

「Σ(・・;)」

 

 

× × ×

 

「ソースケ」

「うん」

「電車のなかで何考えてたの」

「気になったか? どうでもいいことだよ」

「ソースケが『どうでもいいこと』って言うときって、必ずろくでもないことなんだよね。

 知ってる。

 何年つきあってきたと思ってるわけ?」

「6年」

バカっ…言わなくてもいいじゃん

 

「そだなー。

 …ま、さっきはすまんかったよ。

 道中でギスギスして」

「そうね、これから何時間も新幹線に乗らなきゃいけないのに、のっけからイライラさせちゃったら、たまんないよね。

 わたしが…悪かった」

 

 

 

~しばらく沈黙~

 

 

 

「(スマホを見て)どうも早く来すぎたみたいだ」

「何言ってんの、乗り遅れたら大変でしょ。

 

 ソースケ。

 

 言いそびれてた…じゃなくって、

 渡しそびれてたものがあって」

「なんだ?」

 

「……お弁当」

 

悲しそうな顔で、

弁当の入ったバッグを、

おれに渡すマオ。 

 

「……ありがとう。

 まだあったかい」

 

「(悲しそうに)ぜんぶ…わたしが、つくった

 

「マオはいい後継ぎになるよ。」

 

「(悲しく)あたりまえじゃないの…

 

 

 

 

・マオの頭に、手を置いてやる

 

 

 

 

 

ーー泣かせる気?

 

 

マオの精一杯の反発を、

おれはただ、無言で受け入れていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・新幹線ホーム

 

「ドアの前で見送りは、できないから」

「どうして?」

「他の人に迷惑がかかる」

「(うろたえ、)…ソースケが、気くばりを……」

「心外だなw

 気くばりできないわけじゃない」

 

・列車到着のアナウンス

 

 

「席はホーム側の窓側だから」

 

「そういうのって、自動的に決まるの」

 

「わかってないなあ。

 

 合格してから、どんだけ時間があったと思ってる?

 

 

 

 ーー席はおれが選んだ」

 

 

そして、

博多行新幹線の、ドアが開く。 

 

 

「ーーマオの顔が、少しでも長く見られるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言えなかったことが、多かった。

 

マオだって同じだ。

 

言いたいことがもっといっぱいあったはずだ。

 

もっと。

 

いっぱい。

 

 

だから、

 

言ってやる、

 

マオに、

 

ちがう、

 

伝えてやる。

 

手紙を書いてやるんだ。 

 

 

品川に停車する前に、もうノートパソコンを起動させていた。 

 

 

そこから、博多に着くまでーーおれはひたすら文字を打ち続けていた。

 

 

 

 

 

途中でスマホが何度も振動した。

 

たぶん、マオからのメッセージだ。

 

待ってろ。

 

博多に着いてから、ぜんぶ返事してやる。

 

だからちょっと待ってくれ。

 

おれだって、伝えたいことだらけなんだ。

 

 

 

ーーそう思い続けて、おれはノートパソコンのキーボードをかたかたと打ち続けていた。