the band apartを演奏した。
ボーカルの奈美が英語で歌えないから、日本語楽曲だけ演奏した。
坂本真綾への提供曲「Be mine!」も演奏した。
ステージのあと、
ミヤジが、わたしに近寄ってきて、
「おつかれ。あすか」
とねぎらいのことばをかけてくれた。
「なんか……うまく、表現できないんだけどさ。
よかったよ。とても。
あすかがあんなにギターが上手くて、びっくりした……」
「見入ってた感じ?」
「完璧に」
「ありがとう。うれしい」
ギターケースを抱きしめながら、ミヤジに感謝する。
「――あすかのバンドのときが、いちばん盛り上がってたと思うよ」
「そこまで言いますか、ミヤジさん」
「僕は、そう思う」
ミヤジは、ほんのちょっぴりだけ、押し黙ってから、
「……これで、終わりってわけじゃ、ないんだよな?」
「もちろん。高校を卒業してからも、わたしのギターは続いていく」
「……カッコいい」
「え!?」
「『わたしのギターは続いていく』って、決めゼリフみたいなことばだけど……カッコよかった」
「ミヤジ――」
× × ×
「な~に棒立ちしてんだか、あすかよ」
「バババカ兄(あに)、タイミング悪い」
「さっきまで話してた男子、おまえと同級生の子なんか?」
「――そう。ミヤジってあだ名」
「ふーん」
いきなり、兄がわたしの背中を叩く。
「なに!? なにがしたいの」
「『おつかれさま』の気持ちを込めて」
「手荒(てあら)すぎるよ。いきなり背中バーン、って」
「痛かった?」
「ちから加減、最悪だった」
「そんなにだったか……すまんかった」
「お兄ちゃんは、なんでそんなに不器用なの!? ――って、」
兄が、あたまに手を乗せてきた。
「――見られちゃうよっ、見られたら恥ずいよっ」
「それもそうだな」
「バカ兄!」
「じゃあ、少しだけの、ナデナデにしておく」
「……スケベ」
「はぁ?」
大学留年しろ、
いっそのこと!!
× × ×
「なんでしょんぼりしてるみたいなの? バンド演奏のあとで、なにか事件でも?」
「――物騒だね、徳山さん」
「ここ、いいよね」と、わたしの右隣に腰を下ろす徳山さん。
後夜祭はとっくに始まっていた。
お待ちかねの、フリーダンスである。
EDMのリズムに乗せて、生徒たちが、入れ代わり立ち代わり、好き勝手に踊り続けている。
まぶしい照明が、ときおり、野次馬組のわたしや徳山さんを照らしてくる。
「なんにも……なかった。キモいOBがひとり、紛れ込んできた、ってだけ」
「アツマさんね。あなたの、お兄さんね」
「どうしてわかるの……!」
「わたし、あすかさんが思ってるより、あすかさんのこと、良く知ってるんだから」
「……」
「――ごめん、変なこと、言っちゃったかも」
「…あやまんないでよ」
「――わかったわ」
「最初から最後まで、観てた、あなたたちのライブ」
「…それは、ありがとう」
どういたしまして…ということばが返ってくるという期待は、裏切られ、
「まぶしかった」
「わたしたちが…?」
「うん」
「……そんなに、輝いてたかな」
「うん、輝いてた」
そう言ったかと思うと、徳山さんは、笑いをこらえきれないような感じで、
「あすかさん、なんでこれで、モテないのかしら」
「と、と、徳山さんっっ」
「わたしがモテない理由は、自覚してる」
「……」
「いっぽうで、あすかさんには、モテる理由だらけなのに」
「……」
「不思議ね」
わたしは……野次馬でいいよ、徳山さんっ。
「――飲み物買ってくるっ!」
そう言って、すっくと立ち上がった、わたし……。
× × ×
加賀くんはどうせあの場にいないだろう。
シャイボーイすぎて、徳山さんをダンスに誘える勇気なんか、ゼロパーセントなんだから。
こういう機会めったにないのに、彼はとってももったいないことを……。
…こうやって、雑然としたことを考えながら、ふたりぶんのドリンクを購入し、徳山さんのもとへと帰り始めた。
オレンジジュースみたいに染まっていた空も、いまではすっかり、ブドウジュースみたいな空だ。
9月も終わりに近いし、この時間から、もう涼しい。
そんな涼しい空気を肌に感じながら、両手に1本ずつドリンクの缶を持って、道をザクザクと踏みしめ、徳山さんが待っている場所へと、戻っていく。
徳山さんの後ろ姿が見える。
あれ、
あれれ――、だれか、徳山さんに、真っ正面から近寄ってきてる。
男子?
そうだ、男子だ。
文化祭運営スタッフの証(あかし)たる、オリジナルTシャツ。
長い髪とハンサム顔が、カクテル光線に当たり、照らし出される。
濱野くん。
濱野くん。
生徒会副会長の、濱野くん。
――どうしてまた、徳山さんの眼の前に!?
いや、
どうしてもこうしても、ない。
フリーダンスなんだ。
フリーダンスの場で、男子が、女子に、真向かいに、手を差し出しているってことは。
……濱野くんはずっと、徳山さんに手を差し出し続けている。
口の動きでわかってしまった。
『おれと踊ってくれないか』
濱野くんは、徳山さんに……そう言っているんだ。