ポムポムプリンのぬいぐるみを抱きしめながら、眼を覚ました。
いつもより少しだけ夜ふかしして、いつもより少しだけ遅く起きた。
文化祭の振替休日なのだ。
カーテンを目一杯開ける。
眠気がほんのちょっと残っている。
ポムポムプリンをぎゅっ、と軽く胸に抱いてから、顔を洗って眠気を飛ばそう…と思う。
× × ×
階段を下りて、洗面所に来た。
そしたらどういうわけか、兄が顔を洗っていた。
なんで、なんで大学行ってないの。
「…お兄ちゃん、大学の後期、始まったんでしょ? なんでしょっぱなからサボってるわけ!?」
兄は、流れる水を止め、タオルで顔をひとしきり拭いてから、
「サボりとか、アホか」
「で、でも、こんな時間まで邸(いえ)にいて、のんきに顔洗って――」
「アホだなあ」
「に、2回もアホって言うなっ」
「あすか、おまえは、大学というシステムをてんで理解していない」
「なっ…!!」
「おれの授業は、午後からなんだよ」
「――うそっ」
「ウソじゃねーよ。大学生だと、そういうこともあるんだよ」
× × ×
「推薦入試を受けるんなら、なるだけ早めに、大学のシステムを把握しておいたほうがいいんじゃねーのか?」とか言われた。
余計なお世話――とまでは行かないけど、ムカつく。
ムカっ腹(ぱら)に、ポムポムプリンをぎゅー、と押し当てる。
押し当てたプリンを両手で抱え込む。
それからベッドに仰向けに倒れ、プリンを手放して、きのうの回想モードに入り始める。
……なんといっても、後夜祭の衝撃。
フリーダンス。
徳山さんを踊りに誘う、副会長・濱野くん。
濱野くんに、導かれるがのごとくに、徳山さんは、差し伸べられた手を取って。
彼と彼女は踊った。
濱野くんのステップも、徳山さんのステップも、平等に、不器用で。
そんな、不器用で、ぎこちない、ふたりの踊る姿を、
わたしは、ただ、遠巻きに眺めるだけで。
いま、徳山さんは、どんな気持ちを、抱きしめているのだろうか。
ほとぼりは、冷めたか――、あるいは。
訊いてみる?
ううん。
それは、たぶんダメ。
単純に、迷惑だと、思うから。
そっとしておくのも、それはそれで、怖い気もしちゃったりするけど。
でも……でもねぇ。
後夜祭以外で、きのうの反省点を、ひねり出してみようと思った。
きのうのバンド演奏もうまくいったけど、そろそろ、オリジナル曲を作ってみるべき時期なんじゃないのか。
オリジナル曲に挑んでみるのなら、作曲は、作詞は、だれが――。
わたしの思考はバンドの今後に移行しかけていた。
眼をつぶって、バンドの未来像を思い描こうとした。
――ぶるぶるという、スマホの振動音が響く。
わたしのバンド未来予想図が、響き続ける振動音に、かき消される。
着信。
だれからだろう?
ヘンな予感が、する……。
× × ×
『――わたしいま、布団に潜ってる。
掛け布団のなかで、電話、かけてるの。
からだが……なんだか、縮こまってるみたいで。
午前11時、過ぎてるけど……ずーっと起きてからベッドに引きこもっちゃってる。
朝食抜きで。
からだだけじゃなくて、あたまも、思うように働かなくって。
朝食抜きなのは関係ないと思う。
……こんなにダメダメなの、いつ以来か、わかんない。
原因が明らかなこと、だけが、救い……かな。
……。
きのうの後夜祭で起こったこと、してしまったことがぶり返してくるたびに、震えてきちゃうんだけど、ね……』
電話の向こうで弱々しくなっている徳山さんを、思い浮かべてしまうと、
なんともいえない気持ちが、芽生えてきてしまうのだった。
あれだけ気丈(きじょう)な徳山さんが、弱ってる。
良心が、痛い、というよりも――、
くすぐったい。
× × ×
「きのうの『アタック25』最終回スペシャルの録画でも観ねーか? あすか」
「観ない。――そんな気分じゃないから」
「ありゃ」
「――それに、番組終了が発表されてから、あまりにも『アタック25』で引っ張りすぎじゃない? わたしたち」
「それは、いえてるかも」
「ま、わたしたちの責任じゃなくて、ブログの責任なんだけどね」
「こらこら」
「…お兄ちゃん。」
「ん~? なんだ~~」
「お兄ちゃんは、わたしの推薦入試……応援してくれてるんだよね」
「なんだよっ。そんなこと、確かめるまでもない」
「だったら、言って。『応援してるぞ』って」
「いま!?」
「言ってよ。面倒くさがらずに」
若干戸惑いの色を見せながらも、兄は、
「……戸部アツマは、妹の戸部あすかを、応援しています」
「――よし。」
「……」
「言い回しはすごくヘンだったけど、合格だよ、お兄ちゃん」
× × ×
応援してくれるひとがいる。
兄の存在の大きさを、再確認する。
だけど――応援されてばっかりじゃ、ダメだ。
わたしも、だれかを――応援しなきゃ。
たとえば。
徳山さん。
濱野くんとのダンスをきっかけに、すっかり参ってしまっている状態の、徳山さん――。
――気丈な徳山さんに、戻してあげたい。
『元気出して!!』って、精一杯、徳山さんを応援してあげたい。
肝心なときに、応援してあげられるのが、友だちだ。
徳山さんの親友としての、役目が……わたしには、あるんだ。