『読書』をテーマとしたKHKの新作テレビ番組も、形になってきた。
本編の収録を終え、あとはカッティング(編集)、といったところである。
意見が分かれそうになったときがあった。
ビブリオバトルのように、出演者のみんなが好きな本を紹介してから、議論して、多数決で『チャンピオン本』を選出する。
これが板東さんのプランだった。
対して、別にチャンピオン本を選ぶ必要はない、それぞれが好きな本について存分に語り合うだけでいい、意見交換こそが重要なんだ――。
これが黒柳さんのプランだった。
ぼくはてっきり、板東さんが黒柳さんに対し、突っぱねて、じぶんのプランを譲ろうとしないんではないかと思っていた。
ところが、
「別にビブリオバトルにする必要、ないのかもね」
と、意外や意外、あっさりと彼女は引き下がったのだ。
「いいんですか? すぐにじぶんのプランを取り下げちゃって」
ぼくが問うと、
「黒柳くんのプランのほうが……いい感じだし」
と、苦笑いで、あきらめるように彼女は言うのだった。
拍子抜けというか――彼女の反応が予想外だったので、
「もっと自己主張すると思ってました――」
と本音を言うと、
「――いつでもワガママ言うわけじゃないの」
そう、つぶやいて、頬杖をつくのだった。
× × ×
「出演者のみんなの『推し本』のコンセプトがうまくバラけてて、いい感じになったね」
黒柳さんが言う。
ぼくと黒柳さんは収録した本編を見ながら、編集の方向性について話し合っている。
「羽田くん」
「なんですか?」
「やっぱり、きみが自由にやってよ」
「編集を……ですか」
黒柳さんはコクン、とうなずき、
「本来撮影セクションのぼくが、しゃしゃり出ることもない、と思うし」
「ですけど、黒柳さんのプランに沿って、だったし……」
「実を言うとね」
少しだけくたびれたような笑いで、
「本編、撮影して、けっこうクタクタなんだ。撮影で、お腹いっぱい、ってところで」
反射的に、板東さんの方角を、ぼくは見た。
彼女にお伺いを立てる、甘いぼく。
「――いいんじゃないの? 黒柳くんが、編集までがんばる必要もないでしょ」
爪を切りながら、男子2名のほうを見るでもなく、彼女は言う。
なんで爪切ってんだろう。
「でも、せっかく黒柳さん主導で進めてきた案件なんですし」
ぼくが反論すると、
「羽田くんに、バトンタッチのタイミング、ってことじゃん」
「バトンタッチのタイミング…」
「やっぱりさ、卒業が迫ってきてるわたしと黒柳くんより、2年の羽田くんのほうが、編集の主導権を握るのにふさわしいと思うよ」
「だね、板東さん」
同意を示す黒柳さん。
「老い先短い、ぼくらより」
「うまいこと言うじゃん、黒柳くん」
爪切りをいつの間にかカバンにしまって、微笑みつつ、板東さんが言う。
なんだか――、
ここ最近、板東さんが、黒柳さんをバカにしている気配が――あまり感じ取れない。
むしろ、板東さんのほうが、黒柳さんを、立てている。
あれだけ、一方的に、罵倒したりツッコんだりだったのに。
× × ×
「テレビ番組は撮り終えたの?」
いつの間にやら部屋にやってきた姉が、訊いてくる。
「撮影は終わったんだけど、まだ編集作業が残ってるんだ」
「へぇ~。テレビ番組作るの、時間がかかるのね」
「――当たり前でしょ。時間がかからない番組作りなんてないよ」
「おっ、決めゼリフっぽく言ったわね、利比古」
「決めゼリフって……お姉ちゃんはしょうがないなぁ」
「…あのさ」
「なあに」
「板東さんが…」
「なぎさちゃんが?」
「最近……様子が、変わってさ」
とたんに、心底興味深そうな表情になる姉。
「お、同じ女の子だったら、『様子が変わっていく理由』みたいなことも、わかるんじゃーないかと思って、それで、お姉ちゃんにこういうことを」
「なぎさちゃん、そんなに様子ヘンなの??」
「――妙に、素直なんだ、最近の彼女」
「素直になったのが、違和感なわけ?」
「そう。違和感。――素直なうえ、落ち着きすぎなぐらい、落ち着いてる様子だし」
なにごとか、読み取ったのか、
腕を組んで、フムフム、と言わんばかりに、数回首を縦に振り、
「――黒柳くんも、活動に来てるんだよね? もう一方の3年生の、男の子」
「来てるどころか――カメラ持って、大車輪の活躍だよ」
「ふ~~む」
あざとく、ふ~~むと言ったかと思うと、
「利比古、それはね、
黒柳くんとの……『化学反応』だよ」
…化学反応!?
「『化学反応』って、いったい…」
「まったく、呑み込みが遅いんだから、あんたは」
「せ、説明してよっ! 説明」
「説明の必要もある?」
「そんな」
「だから~、こーゆーこと!
彼女と彼のあいだに、『化学反応』が起こったってことよ!」
「…わかんないよ」
「あら」
「…」
「鈍感ね」
「……お姉ちゃんよりはね」
クスリ、と微笑み――、
「なんだったら、わたしが『なぎさちゃんと黒柳くんの化学反応式』を書いてあげようか?」
「……書いたって、理解できないよ、ぼく」
「できるわよっ!!
わたしねえ、中等部高等部と、理科のテストはいつも93点以上――」
「――93っていうリアルすぎる数字はなんなの」