【愛の◯◯】「黙って温めて」

 

「〜♫」

鼻歌を歌いながら、愛が洗濯物を畳んでいる。洗濯物を畳んでいる愛の背後のソファにおれはどっかりと座る。

「わたしの後ろを取ったわね」

振り向くコト無く愛が言う。

「3連休の中日(なかび)だし、ソファでくつろぎたくて」

おれが言うと、

「あなたがそんなにくつろぐコトって、果たして許されるのかしら?」

という不可解な発言が返ってきた。

それから、

「今から『業務連絡』するわよ」

とまた謎のコトバを発し、

「ブログの管理人さんからの伝言。明日は更新お休みだって」

と報告してくるから……おれは苦々しい気分になる。

「例によって取材旅行か。懲りない管理人だな」

洗濯物を畳み続ける愛は、

「サボってるワケじゃないんだから許してあげなさいよ。アツマくんには『寛容』のココロが足りないんだわ」

「管理人に寛容になる必要もそんなに無い気がするんだが」

「そうやって批判ばっかりするんだったら、マイナス1200ポイントよ」

コイツ、隙(すき)あらばポイントシステムを……!!

 

× × ×

 

「なぁ、おれの『ポイント』、現在何ポイントなの」

「6430ポイント」

すぐに思い出せるんだな……。流石は優等生。しかしそれにしても、結構ポイントも溜まってきてるんだな。ポイントの使い道が一切明らかになってないのがネックだが。

愛は洗濯物畳みを終えていた。小さな丸テーブルを挟んでソファのおれと向き合っている。

「利比古とLINEしたの」

愛が唐突に言った。

「利比古とやり取りしてたら、なんだかタケノコご飯が作りたくなってきちゃった。今度お邸(やしき)に行く時に作ってあげたいわ」

LINEとタケノコご飯の相関関係は何だよ。おれにはとっても不可解だぞ。

「呆れた顔になってるわね。だらしないわね」

なーにが『だらしない』じゃっ。

「これから秋も深まって冬が近付いてくるっていうのに。そんな態度ばっかりしていて、季節の変化に耐えられるの?」

わけわからん。

わからんのだが、

「耐えられるさ。季節の変わり目には元々強いんだ。鍛えてるからな」

とおれは応答する。

「へーっ」

邪(よこしま)な眼つきで笑う愛は、

「あなたが風邪をひかない理由がとっても良く分かったわ」

と言いながら、腰を上げてキッチンの方を向いた。

 

× × ×

 

愛がキッチンに行ったのは、自分1人のホットコーヒーを作るためだった。

丸テーブルに戻ってきて、真っ黒なホットコーヒーを愛はゆったりと飲んだ。

やがてマグカップを置く。それから、ソファ座りのおれをじっくりと眺めてくる。どんな反応を示せば良いのかおれには分からない。おかしな沈黙が流れる。

ついに口を開いた愛から発せられたのは、

「ねぇ。ホットコーヒーを飲んでも、まだ少し寒いし……」

「なんだよ。寒いのならエアコンつけるか?」

ふるふると軽く首を横に振る愛。

「エアコンはつけなくて良いの。少し寒いのを和らげるためには……つまり、あったかくなるためには」

ここでコトバを切り、すうっ、と立ち上がる。愛は、おれの眼と鼻の先にやって来て、両膝をカーペットにくっつけながら見上げてくる。

次の動作がある程度読めて怖かった。

おれの胸の下あたりに愛が飛びついてきた。

予想の範囲内ではあった。しかし、ムギュッとしてくる愛の感触に、おれの肌はざわめく。愛の帯びる熱が伝わり、くすぐったくなるというか何というかで、2人きりのマンション部屋(べや)であるものの、恥ずかしいキモチが芽生えてしまう。

「寒い時はあなたのカラダで温めてほしいの」

甘い声。コドモっぽい声。もうすぐ22歳になろうかというのに、12歳に退化したかのように。

さらに体重をかけてくる。軽いはずのカラダの重みが、おれの背中をソファの背もたれにくっつけさせる。

「ちょっと苦しいんですが、愛さん」

「苦しいなんて言わせない」

「オイ」

「黙って温めて」

「昼飯が作れなくなるだろ、今日の昼飯の当番はおれなんだぜ? まったく、午前中から激し過ぎるスキンシップを……」

「アツマくん。あなた失言だらけね」

「わるかったな!」

「失言だらけなのも、あなたが大好きな理由だけど」

「ぐっ……」