【愛の◯◯】チョコを渡したら抱きしめられる

 

ホワイトデー、なのである。

 

× × ×

 

1階に下りて、愛がどこに居るのか捜(さが)す。

すると、隅っこのほうのスペースにあるソファで読書中の愛を見つけた。

「あら、アツマくんじゃないの。どうしたの?」

「……んっと」

「そんな態度じゃ気持ちは伝わらないわよ」

くうっ……。

「わたしを捜してたのよね? で、こんな隅っこのほうまで」

「……そうだよ」

試すように見てくる愛。

おれは大きく息を吸い、

「バレンタインのときの、お返しだ」

と意を決して言い、それから、

「つまらないチョコレートだけど、受け取ってくれや」

と言って、『お返し』を差し出す。

受け取りながら、

「律儀ね」

と愛。

「さすが、もうすぐ社会人」

と愛。

「もうこんな時間だから、渡して来ないのかとも思ったけど」

うるさい。

「ありがとう、アツマくん」

……。

「自分で作ったの?」

「まっ、まさか。んなわけないだろ。おれが作れるわけねーよっ」

「そっかあ」

ニコニコと、

「でも嬉しい」

……良かったですね。

 

× × ×

 

「そっちのソファに座ったら?」

愛が促してくる。

素直に座るおれ。

愛と向かい合いになる。

「……」

なぜか押し黙り出す愛。

なんだよ。

文句でもあるか!?

数分経過後、

「わたしとあなた、今みたいなポジションだと、イマイチ面白くないわね」

「はあ!?」

「普通に、1対1でソファに座って向かい合ってるだけじゃないの」

「ふ、ふつうでいいだろ、ふつうで」

かなり大きな溜め息をつく愛。

不穏さを背筋に感じ始めたとたんに、

「アツマくん、立ってくれない?」

な……なんでだよ。

「いきなりかよ!? おれ、昼間の研修で疲れたし、ソファに座って休みたいんですけど……」

「嘘ね。『疲れた』なんて」

「う、うそじゃない」

「あなたが疲れるわけないでしょ。

 いい? アツマくん。

 あなたの体力はね、このブログの管理人さんの体力の、100倍なのよ」

有る事無い事をっ。

なぜか、おれよりも先に、愛が腰を浮かせる。

「ほらほら、立って」

イヤなイヤな予感しかしない。

コイツ、たぶん……。

追い詰められる。

追い詰められた挙げ句、おれは妥協する。

オトナには、妥協することも、ときには必要なのだ。

異論は認めるが。

 

ついに双方立ち上がり、見つめ合う。

ゆる~~っ、と愛がおれの胸元のあたりに近づく。

 

そして愛は、おれを、背中ごと抱きしめる。

 

「はい、元気を大量注入」

甘え声。

「『大量注入』ってなあ、おまえ」

「アツマくん」

「きいてるんか!?」

「あなたは管理人さんの分も健康で居なきゃダメなのよ??」

「管理人を……引き合いに出し過ぎじゃね?」

健康は、わたしのハグから。

「おいコラ」

 

おれの躾(しつ)けも効き目が無い。

胸の中で数十分間にわたり甘え続ける。

こんな辺鄙(へんぴ)なフリースペースでなければ……だれかに目撃されて、もっと厄介ごとになっていた。

褒(ほ)められるとすれば。

接吻(せっぷん)を……してこなかったことぐらいか。