川又さんに、「好き」と言われた。
面と向かって。
いつ、どこで……というのは、伏せておく。
とにかく、「好き」と言われたのだ。
彼女のぼくに対する感情が、明確化されたということ。
彼女がぼくを好きな気持ちが……クッキリと輪郭を帯びてくる。
川又さん『だけ』が、ぼくに気持ちを寄せているのならば、困らなかった。
でも。
違う。
違うのだ。
ぼくを巡る『関係』は、複雑に入り組み始めている。
どうしてこうなった。
ぼくに責任があるのは当然、なんだけど……。
どこまで、ぼくは『悪い』のか。
悪いオトコレベルみたいなものがあるとしたら、ぼくのレベルは……。
川又さんに「好き」と言われたあとも、自己嫌悪は続いていた。
続いていたし、これからも続いていく。
2年前の卒業式の日の麻井先輩を思い出す。
そして、今年の卒業式の日の猪熊さんも思い出す……。
ダメじゃないか。
100人いたら99人は、『おまえ、そんなんじゃダメだろ』ってぼくを咎(とが)めるだろう。
だけど、どうしたらいいのか、未だにわからない。
『関係性』という名の糸でがんじがらめにされて、身動きが取れなくなってしまっているというか。
糸をほどくのか。
切るのか。
それとも。
× × ×
ホワイトデーが明日に迫っている。
川又さんへの「お返し」のチョコは既に郵送した。
今は、姉・あすかさん・明日美子さんへのチョコを購入し終えて、帰宅したところだ。
× × ×
「利比古くん」
タブレット端末でWikipediaを閲覧していると、斜め後方から、あすかさんが声をかけてきて、
「明日は、なんの日か……知らないわけ無いよねぇ」
と。
もしや。
「――もしや、あすかさん、ぼくが『なにか』を持ちながら帰ってきたところを、見てしまったんですか」
「『なにか』って、なにかな」
うぅ。
たぶん彼女は気づいている。
ぼくの背後から離れる彼女。
ソファに座るぼくに一歩一歩近づいてきたかと思うと、ぼくの右サイドのソファに腰を下ろす。
右サイド、というか。
ハッキリ言ってしまえば、ぼくの右隣のソファに、だ。
至近距離。
しかも、着座するなり、ぼくがWikipediaっているタブレット端末に、顔を寄せてくる……。
「……大胆ですね」
狼狽(うろた)えつつも、指摘する。
「え?? 大胆?? よくわかんないよ利比古くん」
「近いじゃないですか」
「なーにが」
「そ、それぐらいわかってください」
「萎縮してんの!?」
「……」
「このぐらいで萎縮してるようじゃダメだよ。ダメ、ダメ。だって、ほのかちゃんはもっと、至近距離になるでしょ!?」
『ほのかちゃん』。
すなわち、川又さん。
つい最近、ぼくに「好き」と言ってきた女子(ひと)。
……。
タブレットの画面を覗き込むあすかさんの、オデコのあたりを見る。
それから、
「あすかさんにしても。
ミヤジさんとは――もっと、ベッタリなんでしょ」
とダイレクトに言ってみる。
切り返してみたかったのだ。
あすかさんは背中を反(そ)らして、
「と、としひこくんっ、いったいいつから、そんなに切り返しが上手くなったの!??!」
間髪を入れず、
「今、この瞬間から、ですよ」
とぼくは。
「うぐ……」
呻(うめ)くように呟いてから、
「……ミヤジの。ミヤジの、カラダってね、」
としょぼしょぼと言い、それから、
「お兄ちゃんのカラダみたく……ゴツゴツしてないの」
とあすかさんは打ち明ける。
ぼくは、
「あすかさん、」
「うん」
「現在時刻、なんですが。まだ、19時を過ぎたばかりなんですよね」
「……それが??」
「『オブラート』ってワード、ご存知ですか」
「……ご存知だよっ。当たり前じゃん」
――ソッポを向かなくたって。