リビングのソファでタブレット端末を見ていたら、あすかさんが現れて、ぼくに近づいてきた。
「なにしてんの? 利比古くん」
「CMを観てるんです。動画サイトの公式チャンネルに上がってる商品や会社のCMを、いろいろ」
「なんでまた」
「『CM研』っていうサークルに入ったからですよ」
「あ、そーだったそーだった」
『CM研』については何回か説明したはずなんだけどなあ、言わないと思い出してくれないのか……と少しガッカリしていたら、彼女が至近のソファに腰を下ろしてきて、
「どんなCM観てるの? わたしにも観せてよ」
と言いながら、どんどん距離を詰めてくる。
本当に隣に彼女が来ている。
距離が無い。
あと少し彼女が寄せてきたら、肩と肩が触れ合う。
際どい。
際どくて……焦り、
「あ、あすかさんっ、その、近いですっ。もうちょっと、社会的なディスタンスについて……」
と言ってしまう。
「バカっ。こうして距離を詰めないと、タブレットが見られないじゃん」
……バカと言われる筋合いは無いと思うんですが。
彼女のコトバに余計さがあるので、
「テレビ画面で観ませんか? 画面も大きくて、ソーシャルな距離問題も解決するので」
× × ×
そして、ぼくとあすかさんはしばらくCMを観続けていた。
「ここら辺でいったん停めましょうか」
リモコンを持ちながら、あすかさんのほうを見る。
なぜか彼女は眉間にシワを寄せ気味だ。
なぜ。どうして。
「あのさぁ」
トゲのある口調で、
「意味不明なCM、多くない?? 全体的に」
「ぼくにはそんな印象ありませんけど」
「利比古くんはどこまで鈍感なのかな」
「ど、鈍感ってなんですか鈍感って」
「具体例。
英会話教室のCMがあったけど。……なんで、ロールプレイングゲームのラストダンジョンみたいなお城の中が舞台なわけ?? 英会話教室のCMのはずなのに、英会話教室の風景が一切出てこなかったよね。なんだか『ファイナルファンタジー』の劣化コピーみたいな映像で――」
「で、でも、出演者は英語で喋ってたでしょ?? 親切な字幕テロップ付きで……」
「あのCMの制作者はいったいなにがやりたかったのかな。意味不明」
ぼくとソファ1つぶん開けて座っているあすかさん。
指を組んだ両腕を大きく前に出すあすかさん。
そんな仕草のあとで、
「最近意味不明なCM増えてない? 普段テレビ視てても思うよ。制作者が『勘違い』してるのかな」
と零(こぼ)すあすかさん。
……彼女の言いようがヒドい、という気持ちもあって、
「CM作ったことがあるわけじゃ無いでしょう、あすかさんは?? 物申すのなら、いや、物申す前に、制作者の方々の立場になって……」
「ならないよ」
眉間のシワの寄り具合が不穏になるのが眼に入ってしまった。
不穏ロードを爆進中の彼女は、
「利比古くんだってそーでしょ!! CM制作のプロじゃないんだし」
「たしかにプロじゃないですよ。でも、作ってますから、CM。サークルに入って」
ムーーーッとした表情が眼に飛び込む。
高校に入りたての頃に戻ったかのようなむくれ具合で、
「所詮大学のサークルでしょ、所詮」
『所詮』と2回言われて、ぼくは急激に反論したくなり、
「侮らないでくださいよっ、大学サークルだからって!! 上級生は何本も何本もCMを撮ってるんですよ!? プロに近いところに居るんです。ぼくだって、入学したてだけど、2ヶ月で2本、つまり月イチのペースで……!!」
ガバアッ、といきなり彼女が立ち上がった。
それから、ぼくの顔を見ずに、
「利比古くん。時計見てよ」
と言い、
「夕方5時が近づいてるよ」
と言い、それからそれから、
「わたし、キッチンに籠(こ)もるから。今日の夕食当番なんだし」
……頑固の極みだなあ。