上映が終わり、明るくなる部屋。
窓の外は曇り空だ。
昼下がりの「CM研」の部屋には、ぼくと吉田奈菜(よしだ なな)さんだけだった。
吉田さんが、
「自動車のCMだったわけだけど――ま、セダンのCMらしく、かっちりとした映像だったわね」
「吉田さん」
「なーに羽田くん」
「『セダン』ってクルマ用語ですよね。どんな意味でしたっけ」
「ええええっ、そこからぁ!?」
「つ、詰め寄ってくるのはやめてください」
顔を近づけてくる吉田さんの髪のリボンが揺れる。
のけぞりながらも、
「あのっ、ぼくには自動車の知識はあまり無いんですが……実は、実はですね、さっきのCM、ぼくに『関わり』があって」
「『関わり』?? どんな」
「さっきのCMの自動車メーカー、ぼくの姉の女子校時代からの親友である女子(ひと)のお父さんが経営してるんですよ」
「えええええっ!?」
め、目に余る絶叫だ……!!
これは、サークル棟全体が震えるレベルの大絶叫。
叱らねば。
きちんと怒って、この悩める先輩女子学生を矯正して……!!
「叫んでほかのサークルに迷惑かけるのはやめてください、吉田さん」
真面目に言うのだが、案の定思い通りにはならず、
「社長令嬢が、あなたのお姉さんの親友なわけ!?」
と迫りくる吉田さん。
「その女子(ひと)も大学生でしょ!? どこ大学よ」
迷ったが、情報を開いて示した。
ほんとうにごめんなさい、アカ子さん。
「やっぱり賢いものなのね、社長令嬢って」
「これ以上の情報開示はしませんからね、分かりましたか」
「画像は!? あなたのスマホに、画像は!?」
人の話を聴かない女子って……もしや、多い!?
× × ×
「あすかさんは、自動車と電車だったら、どっちが好きですか」
「エッ、質問が唐突だよ利比古くん」
「すみません。答えにくかったら、スルーでいいんで」
「いや、答える」
食べかけのプッチンプリンをテーブルに置いて、あすかさんは、
「選ぶのなら――自動車」
へえ。
「へえ。どうしてですか?」
「東京(ここ)が、車社会じゃないからだよ」
車社会じゃない。
モータリゼーションじゃない、と。
であるからして、逆に。
「憧憬(しょうけい)を感じるんですね、クルマ無しでも済むから、逆に」
「利比古くんにしては理解早いね」
ありがたくないお言葉のあとで、彼女はプッチンプリンをスプーンですくって口に持っていく。
プッチンプリンの容器を空にしてから、
「訊き返すけど、利比古くんはどーなの? 自動車と電車だったら、どっちをチョイスするのかな」
「難しい選択ですけど――」
「うん」
「ぼくは――電車のほうに、票を入れるかな」
「ほほー」
「ただ、一般的な電車よりも、どちらかと言えば、路面電車みたいなのが好きなんです」
「『トラム』?」
「そうですそうです! ヨーロッパに居たとき市街地を走ってたトラムが、今でも眼に焼き付いてて」
「さーすが、帰国子女」
「あはは」
「いつか連れて行ってほしいな、わたしも」
「え?」
「利比古くんが、わたしを、ヨーロッパに」
い、いきなりなにを言い出すかな!?
「――ゴメンゴメン、なんか飛躍しすぎたことを言っちゃった。冗談だからね」
ううむ。
……正直に言うと、
「あすかさんの眼、冗談を言ってる眼では無かった気もしますよ?」
ぼくがそう発言した途端。
彼女はピタン、と硬直してしまった。
しばし固まったあと、はぐらかすように、
「ちょ、ちょ、ちょっとわたし、別の話題を利比古くんに振ってみたいかなー、と思って」
と言い、明らかに取り繕って、
「いまリビングだけどさ。わたしの部屋で打ち合わせようよ」
「打ち合わせですか? どんな」
「昨夜(ゆうべ)、『分倍河原の焼きうどん専門店が美味しいらしい』って言ったでしょ? わたし」
「憶えてますけど」
小声になって、
「……いつ行く? 分倍河原」
とあすかさん。
なるほど。
ぼくと一緒に分倍河原に焼きうどんを食べに行きたいから、部屋で打ち合わせしましょう……と。
にしても、
「どうして囁(ささや)くような訊きかたになったんですか?」
彼女が急に小声で「……いつ行く?」と訊いたので、どうしたものかと思って尋ねてみたぼく。
するとすると、彼女は何故(なにゆえ)か不機嫌な眼つきになり、
「『見直した』と思ったら、すぐにデリカシー無くすんだから……」
と、やはり小声で、たしなめてくるのだった。
× × ×
『見直した』って、なんだろう。
漠然と見当がつくようにも思えるけど。
デリカシー無い、か。
デリカシー不足っていうのは……永遠の課題だな。