【愛の◯◯】改めて思う「これから」

 

結崎(ゆいざき)さんに書いてきた原稿を渡す。

結崎さんが原稿に眼を通す。

「ふうむ」

そう独(ひと)りごちて彼は、

「だいぶいいじゃないか」

と言ってくれる。

「何点ですか?」

訊くわたし。

「え? 何点って?」

「ですから、100点満点中何点かって話ですよ」

「ああ……そうか」

約30秒間彼は考えて、

「100点満点で言えば、85点ぐらいかな」

そっかー。

「少し甘めの評価ですね、結崎さんにしては」

「そう思うのか」

「ハイ」

わたしは、

「85点。85点って、わたしの高校時代の現代文テストの点数みたい」

と。

結崎さんが反応に困ってしまったみたいだ。

「現代文の成績は平均よりも良かったんですけど、飛び抜けた高得点を取ることはできなかったんです」

依然として結崎さんは反応に困り気味。

そう、85点が限界だった。

85点しか取れなかったわたしが、どういうわけか『作文オリンピック』銀メダルを獲得するという摩訶不思議。

「現代文テストでいつも95点以上取る女子(ひと)が、わたしの身近にいて」

「それは、だれ?」

「おねーさんです」

「『おねーさん』。……ああ、きみと同居していたという羽田愛さんのことか」

「当たり」

「……」

「もっとも彼女は、わたしの兄とふたり暮らしを今年の春から」

「そうみたいだな。聞いた気がする」

「彼女の写真とか見せましたっけ?」

「見せられた」

「ご感想は?」

わたしが「ご感想は?」と訊いているのに、結崎さんは某エナジードリンクに手を伸ばし、ぐびっ、と飲むだけ。

あのー、ご感想は?

催促の視線を送ると、どういうわけか視線を上向きに逸らして、

「印象は強かったけど……雑誌のグラビアにモデルとして載っけたいとか、そういう邪(よこしま)なことは思ってないから」

なにそれ。

ビミョ~~。

 

× × ×

 

『おねーさんがどれほど美人であるか』という感想を結崎さんから引き出したかったのに。

無念だ。

 

× × ×

 

電車に乗ってお邸(やしき)まで帰る。

窓から見える夕焼けを見ながら考える。

これまでのことを、どう振り払うか。

これからのことを、どう思い描いていくか。

 

ミヤジにふられちゃったこと。

利比古くんをハグしちゃったこと。

 

整理すべきことは……この2つの重大事件以外にも、まだまだ積まれている。

 

がんばらなきゃ。

 

× × ×

 

利比古くんの部屋のドアをコンコンコン、と叩く。

 

入ってすぐにカーペットに腰を下ろして、

「キレイだね。感心感心」

と言ってあげる。

「部屋は毎日掃除してるんです」

「え!? 偉いを通り越してない!? それ」

「……でしょうか」

「利比古くんってそんな几帳面だった!?」

「人並みには……」

ふふっ、と軽く笑ってしまってから、わたしは、

「もしかしてさ。『自分の姉にあまり頼りたくない』って気持ちが強いんじゃないの? 『自分でやるんだ!』っていう」

「鋭いですね」

利比古くんは、

「姉が夏風邪をひいちゃったりもしましたし、ますます『自分のチカラで生活していかなきゃ』って思いが」

「あ~」

「ま、姉の夏風邪はどうにかなったようですけど」

「わたしね、おねーさんが夏風邪ひいちゃうって、『らしい』と思うの」

「?」

「ほらほら、『◯◯は風邪ひかない』ってよく言うじゃん」

「その◯◯の中には……」

「敢えて入れずに、◯◯にした」

軽く溜め息の彼は、

「どこまでも姉を評価し続けますよね、あすかさんって」

「あ・た・り・ま・え」

再度溜め息。

良くないぞ。

良くないぞー、利比古くーん。

「あなたは幸せなんだよ!? あんなにも偉大過ぎるお姉さんを持って」

「……」と微妙な顔つきを見せる彼。

「しかも、あなたのお姉さんは、あなたが大好きで、寄り添ってくれるじゃないの」

「――あすかさん」

んっ。

いきなりどーしたかな。

「話をぶった斬るようで悪いんですが……」

んん?

「テンション、高いですね」

え??

「ほら……ここしばらく、あすかさん沈んでたじゃないですか」

あっ。

「底の底まで行ってしまったようなローテンションが、まだ脳裏に焼き付いてて」

……そっか。

そっかぁ。

そんなわたしも、あったよね。

姿勢を正して、

「ごめんなさい。ローテンションで、ほんとに迷惑かけちゃった」

とわたしは。

「改めて謝らなくても」

と、苦笑いの利比古くん。

 

× × ×

 

分倍河原の焼きうどん専門店が美味しいらしいから、今週中にでも一緒に行こうよ』

そう言って、わたしは部屋をあとにした。

 

利比古くんがわたしのことをとても気にかけてくれていたことを再認識できて、嬉しい気分だった。

だけど、だけども。

ふとした瞬間に……川又ほのかちゃんのことを、わたしは想ってしまうのだ。

ハッキリ言うまでもなく、ほのかちゃんは、利比古くんの交際相手。

ほのかちゃんの交際相手である彼に……わたしはなにをしたか。

なにをしてしまったか。

そういったことに対する責任。

ケジメをつける義務。

わたしの前方にある道には、そういう重い問題も、横たわっている。