【愛の◯◯】泥沼の兄妹ゲンカの果てに

 

きょうも結崎さんのダメ出し。

 

わたしの文章をひとしきりダメ出ししたあとで、

「もっとちゃんとして欲しいなあ。この程度の文章ばっかり書かれても困っちゃうよ。雑誌の水準が下がっちゃうじゃないか……」

とか言ってくる。

 

カチンと来たわたしは、

「結崎さんのほうこそ……ちゃんとしてくださいよ」

と反発。

「『PADDLE』の編集にかまけてばっかりで、肝心の学業はサボりっぱなしじゃないですか!」

 

痛いところを突かれた結崎さんは、押し黙り。

 

「学生の本分はなんですか!? 雑誌編集ですか!? ――違いますよね??」

「……」

「勉強することですよね、学生の本分は?? そうに決まってるでしょ」

「……」

「わたし、知ってるんですよ。結崎さんの通算取得単位数!!」

 

結崎さんはビクリとなって、

「どこから……きみは……情報を……」

 

わたしはすかさず、

「情報源は浅野小夜子(あさの さよこ)さんです」

 

青くなった結崎さんは、

「浅野……あいつ……余計なことまでっ……!」

 

× × ×

 

「きょうはもう帰ります」

バッグを肩にかけるわたしに、

「……いつもより早くないか?」

と問う結崎さん。

 

編集室の出入り口ドアにわたしは歩み寄る。

ドアノブを握ると同時に、結崎さん目がけて、

「――誕生日なので。

と言い放つ。

 

× × ×

 

そう。

きょうは紛れもなく、わたくし戸部あすかの誕生日。

 

誕生日だからいつもより早く帰ります…なんて、筋が通っていなかっただろうか。

 

まあ、いいや。

とりあえず、きょうも結崎さんにはムカついた……。

 

× × ×

 

ムカムカする男子は、結崎さんだけじゃない。

 

× × ×

 

夕ご飯の食器を洗ってから、

「お兄ちゃん」

と呼ぶ。

ダイニングテーブルで麦茶を飲んでいる兄は、

「なんだ?」

と、わたしに背中を向けたまま問う。

「ちょっと、わたしの部屋に来て」

「なんで?」

「話したいことがある」

「なんで??」

「――問答無用」

「え」

思わず振り向く兄。

わたしは兄を凝視する。

 

× × ×

 

「…誕生日なのに、なんでそう不機嫌な顔なんだよ。嬉しくないのか?」

床にあぐらをかいて、すっとぼけたことを兄が言ってくる。

わたしは兄の真正面を向き、正座。

「お兄ちゃん。」

眼を見つめて言うわたし。

「ん」

「わたしの誕生日とかは、いまはどうでもいい」

「…ん?」

ジッと眼を見つめて、

「お兄ちゃんの言う通り、わたしは不機嫌。なんでなのか、わかる?」

「むむ……」

 

……わからないんだ。

ほんとに、愚兄。

 

「それぐらいわかってよ……ダメ兄」

「んなっ」

 

軽く息を吸い込んで、

「お兄ちゃんが、ぜんぜんちゃんとしないから……不機嫌になってるんだよ?」

と言い放つ。

 

「…具体的には」

と愚兄。

すぐさま、

「まず、就活。」

と答えるわたし。

「まだ内定……出てないよね」

愚兄をまっすぐに見てわたしは言う。

 

「内定が出ないのは……おれのちからだけじゃ、どうにもならんことも」

 

言い逃れするなっ。

 

「――そういう弱気な姿勢が、内定を遠ざけてるんじゃないの!?」

 

……逆上ぎみに愚兄は、

「あすかになにがわかるんだよっ。就活したこともないクセにっ」

 

ガンッ、と床を叩いてわたしは、

「逆ギレ禁止!!」

 

言うことを聞けない愚兄は、

「うるせえ!! バカあすか」

 

 

睨み合い。

 

 

――約3分間の膠着状態のあと、しびれを切らしたわたしが、

「兄貴って、ほんとガキっぽい」

 

愚兄が口を歪めて、

「……どこがだよ」

 

「……わかるよ、おねーさんとのデートが失敗する理由も」

責め口調で、わたしは言い返す。

 

「愛との……デートのことが、どうしたってんだよ」

苦し紛れの愚兄。

 

「いまの兄貴……おねーさんのパートナーに、少しもふさわしくない」

「ハァ!?」

「だ・か・ら、いまのダメダメでガキんちょな兄貴は、おねーさんの恋人失格だって言ってんのっ!!」

なんなんだよ!!! あることないことディスりやがって!!!

 

食ってかかる愚兄。

胸ぐらを掴んでくるような勢いを感じて、少しだけひるんだ――次の瞬間だった。

 

――ノック無しで、部屋のドアが開いた。

 

 

利比古くんが。

利比古くんが――とても真剣な表情で、そこに立っていた。