ゴミ出しができなかった。
出しそびれたゴミ袋が部屋に置かれたまま。
不衛生。
こんな季節だから、なおさら不衛生。
信じられないほど遅い時間に起きた。
朝のワイドショーはもう終わっていた。
スマホで、じぶんが作ったプレイリストをシャッフル再生する。
でも、どんな音楽も気休めにもならない。
床にまで本が散乱しているのがいやでも眼につく。
出し忘れのゴミ袋との取り合わせで、部屋が着々とゴミ屋敷に近づいてきているのを実感する。
散らかりをどうにかする気力なんてない。
部屋が汚くなっていくのを食い止められない。
床に散らかった本。
わたしが投げ出した本。
もう読み進められない。
着実にジ・エンドに近づく…わたしの読書。
…絶望感にさいなまれたせいで、起きてから顔を洗っていないことになかなか気づけなかった。
× × ×
かろうじて、コンビニ弁当を買ってくることができた。
どうにかコンビニ弁当を食べ終えて、ベッドにへたり込んだ。
頭があくと、嫌な記憶が流れ込んでくる。
先週のデートで、アツマくんと決定的にすれ違ってしまったこと。
……6月になってから、いちども大学に行っていないのは、あのことが尾を引いているんだ。
決めつけかもしれないけれど。
だけど、わたしのいちばん好きなひととわかり合えなかったショックは……大きくて。
ショックが大きすぎて。
やがて……辛い過去が未来への不安に成り変わる。
先がぜんぜん見えない。
× × ×
あらゆるテレビのチャンネルをザッピングし続けて――とうとう、夕方の5時になった。
地上波のニュース番組なんか、これっぽっちも見たくない。
テレビを消すと、音がなくなる。
そこはかとなく、嫌な静けさ。
息が詰まりそうな感覚。
――ベッドに寝っ転がっていたら、スマホがぶるぶる震えた。
――利比古が、わたしに電話をかけてきた。
× × ×
「と、利比古、久しぶりね」
『そうだね、久しぶりだね』
「わたしの声を聴かせてあげられなくて……ゴメン」
『いや、ぼくのほうこそ、もっと頻繁に電話かけるべきだった』
「い、いいのよ、そんなに気をつかわなくたって」
『なに言ってるのさ。家族じゃんか』
「家族――」
『でしょ? ――家族なんだよ、きょうだいなんだよ、ぼくとお姉ちゃんは』
「――」
『わかってるよね』
「……なんか、ごめんなさい」
苦笑いの混じった声で利比古は、
『気をつかってるの、お姉ちゃんのほうなんじゃん』
「そんなこと……ないわよ?」
『あるって。』
「……そういうことにしておこうか。あんたの指摘はきっと正しいんだ」
『そうだね。的を射てるでしょ、ぼくの指摘』
「……」
『――さて。』
あらたまったように、
『ここからは、ちょっと立ち入った話』
と言う利比古。
胸の音の高鳴りを感じるわたし。
嫌な予感も満ちていく。
『お姉ちゃん、ちゃんと――大学、行ってる?』
冷や汗が一気に出る。
一気に出て、流れ続ける。
気が動転しそうに。
30秒以上わたしがなにもしゃべらなかったから、
『どうしたの? 聴いてるの?? お姉ちゃん』
と、不審そうな声で、利比古が言ってくる。
追い詰められた。
追い詰められて、詰みそう。
『…なんか言ってほしいよ。なにも言わないってことは、もしかして――』
張り裂けそうな感情。
『お姉ちゃん……調子、悪いんじゃ』
苦し紛れの苦し紛れで、
「調子、って……なんの、調子かな」
と、しらばっくれる。
やや機嫌を損ねたような声で、
『――からだの調子も心配だし、こころの調子も心配ってことだよ』
と弟は言う。
それから、
『調子――悪そうだよね。からだも、こころも』
と、弟がダイレクトに言ってくるから、
だから、
わたしは……つい、カーッとなってしまって、
「あんたには関係ないでしょう!?!?」
と……絶叫してしまう……。
弟を、こんなふうに怒鳴りつけてしまったのは、初めて……。
素っ頓狂な声だった。
気持ち悪いぐらい声が裏返っていた。
わたし史上最低最悪の取り乱し。
気づけばスマホを放り投げていた。
カーペットにスマホが激突する。
強い衝撃を受けてもなお……弟の、うろたえた声が、スマホから漏れ出され続けている。