机の前に座ってボーッとしていると、ノックの音がした。
× × ×
あすかちゃんだった。
部屋に入ってくるなり、テーブルの前に腰を下ろして、
「なにしてたんですか?」
と訊いてくるあすかちゃん。
「ボーッと生きてた」
椅子に座ったまま、あすかちゃんのほうを向いて答える。
「……ご冗談を」
眼を丸くするあすかちゃん。
「うん、ほぼ、冗談……。」
「だいじょーぶですか? おねーさん」
「……微妙。」
右肘をテーブルに突き、アゴに手を当てて、考える仕草をしたかと思うと、
「だいじょーぶ、って思うほうが、不自然ですよねえ」
「それは……どういうこと? あすかちゃん」
「少なくとも――兄とは、明らかにうまくいってないわけだし」
ぐうっ。
アツマくんと、すれ違ってギクシャクしていること……見抜かれていた。
「…わかっちゃうか。わかっちゃうのよね」
「引きずってますよねえ」
「引きずってる…?」
「電話でケンカしちゃったのが、『きっかけ』なんでしょ?」
……焦りつつ、
「あすかちゃん知ってたんだ、電話の件」
「だって、兄貴とおねーさんにまつわることなんだし」
「そういうもの…なの?」
「そーですよ。おねーさんが想像してるよりも」
穏やかな表情を崩すことなく、あすかちゃんは、
「――つらいんじゃないですか?」
「わたしが?」
「おねーさんが」
「……。わたしだけが、つらくなってるわけじゃないから」
アツマくんだって。
「ずいぶん――愚兄に甘いんですね」
「甘いんじゃなくて、優しさ。わたしの、優しさ」
「優しさ、か」
…あすかちゃんは、1分間の沈黙のあとで、
「愚兄が、いま以上に、おねーさんに冷たい態度を取ったなら」
「……なら?」
「ぶっ飛ばしてやるんだからっ」
「ぶ、ぶっ飛ばすって」
「ことば通りですよ。制裁を与えないと」
「物騒よ、制裁なんて……アツマくんだって、いろいろ抱えてるものも」
「たしかに、就職活動でのたうち回ったり、愚兄も愚兄で大変なのかもしれないけど」
「……」
「おねーさんを大切にしないのは、言語道断です」
「そんな」
「ダメダメな兄に対しては――鬼になりますから、わたし」
アツマくんはそんなにダメダメじゃないよ……と反論したい気持ちもあったけれど、あすかちゃんの迫力にたじろいでしまって、結局反論できない。
「――鬼になるのも、ほどほどにね」
と言うのが精一杯。
お茶を濁しちゃったような感じ。
椅子から降りて、あすかちゃんと真向かいの位置に腰を落ち着ける。
あすかちゃんは元気でいいなあ……と思った、その弾みで、「はぁ……」と大きなため息を出してしまった。
正面の彼女は、そっと見守る顔。
「わたしは、どうすればいいのかしら。
アツマくんへの接しかた。
寄り添うのがいいのか。
そってしておくほうがいいのか。
接しかたがマズいと……もっとマズいことになっちゃう気がして」
「答えの出ないことを考え続けても、仕方ないですよ」
「それはそうだけど……でも」
「じぶんでじぶんを苦しめちゃうでしょ」
「そうだとしても」
「ま、悩んでるおねーさんの顔も、それはそれでステキなんですけどねぇ」
「え、えっ、なに突然」
「春の愁いの美人顔…か」
「な、なに言うの、あすかちゃん」
「おねーさんは、どんなときでも、美人なんですよね~」
「と、突拍子もないことを、次々と」
「いけませんか?」
「……いきなり、おだて始めたのは、どうして」
「こうやって、間近で眺めてると――ときめいちゃうんです、わたし」
「ときめく!?」
「『あー、やっぱり、おねーさんはキレイだなー』って」
うろたえながらも……、
「…見かけだけじゃないでしょ、人間は。じぶんの性格がかなり面倒くさいってこと、わたし、自覚してる。外見ばかり、いくらホメられても――」
「――おねーさん」
「な…なあに」
「朝、鏡で、じぶんの顔、見ますよね?」
「…見るわよ」
「ホッとするでしょ」
「…どういう意味」
「ふふふん♫」