わたし藤村。
金曜の、アフター5ということで、戸部のお邸(やしき)にやって来たというわけだ。
もちろん、なんの目的もなしにやって来たわけじゃーない。
ぜひともお話がしたい、かわいい年下の女の子が、いる。
× × ×
――戸部の妹の、あすかちゃんである。
6時前に学校から帰ってきたあすかちゃんは、制服から普段着になって、わたしの向かい側のソファに座っている。
「――愛ちゃんとは、もう、元通り? 大ゲンカみたいだったから、心配してたよー、わたし」
「いきなりそのことですかぁ」
あすかちゃんは苦笑しながらも、
「もうすっかり元通りですよ。ご心配をおかけしました」
「愛ちゃんもあすかちゃんも、わたしに助けを求めてくれたって良かったのに。揉めごとを解決するのはわりと得意なんだよ? わたし」
そう言って、あすかちゃんをじーっと眺めてから、
「とくに、あすかちゃんには、これからは、もっとわたしを頼ってほしい」
「藤村さんを……」
「わたしだって、あすかちゃんのお姉さんポジションになりたいよ」
「あちゃー、お姉さんポジションが、増えちゃうな」
「わたしが長女、愛ちゃんが次女、あすかちゃんが三女だな」
「……三姉妹ですか」
お姉さんポジションになりたいのには、確固たる理由があって。
「――あすかちゃんは、来年の4月から、わたしと同じ大学に通うんだし」
「――そうですね。藤村さんの3つ下の、後輩」
「わたし来年度で卒業だから、面倒みてあげられる期間は短いんだけど。――わたしとあすかちゃん、高校も大学も同じ、ってことになるんだよね」
「ですねえ」
「うれしい」
「うれしそう」
「そりゃそうよ」
右手で頬杖をつきながら、
「…『作文オリンピック』で銀メダルとって、その実績で推薦合格でしょ? すごいってレベルじゃないよねえ」
まんざらでもなく、「たしかに、すごいのかもしれませんねえ」と言う彼女。
「ほんとのほんとに、よくできた妹だ」
「ダメ兄とは、ひと味もふた味も違うので」
「ほんとそーよねー!! 戸部のダメっぷりが際立つ」
……お互い、戸部をディスりまくる流れになろうとしていた矢先、
背後に、背の高い男の気配。
わたしの背筋がぞわあっ、としてしまう。
「…おれの悪口大会か? おまえらの気が済むまで、聴いてやるが」
背後から戸部の『圧』が来る。
重い。
「度胸あるな…おまえらも」
言う戸部に、
「ダメ兄じゃん。偏差値がわたしと、悪い意味でひと味もふた味も違うんだし」
と応戦のあすかちゃん。
「偏差値で比較すんな! バカッ」
「バカって言った兄貴がバカ兄なんだぞ」
「…おまえはマジでかわいくない妹だな」
「かもね。どうせ胸の大きさだけが取り柄だよ」
「ちょ、ちょっとまてっ、そういうことをあっけらかんと言うのは、自重しろ…」
収拾つかないなー。
胸か……。
たしかに、迫力あるよね、胸。
……彼女のバストサイズを推理したくもあったが、
「……戸部の言いぶんも、わかるよ。偏差値だけで愚兄って決めつけられたら、たまんないよね」
「え~っ、バカ兄の味方ですか~、藤村さぁん」
「や、味方するつもりはぜんぜんないけども」
だけども。
「受験までは、偏差値って、重要なんだけどさ……大学に入ってからは、あんまし意味がなくなる」
肝心なのは、
「肝心なのは、大学に入ってから、なにをするか。勉強でもサークルでもバイトでもいいんだけど、なにを、がんばるのか」
目線が下向きになるあすかちゃん。
「ゴメンゴメン。説教したいわけじゃなくって。説教の反対」
立ち上がり、あすかちゃん側のソファに行き、彼女の右横に座る。
肩が触れ合うぐらい、距離を詰める。
「アドバイス、したくってさ」
「…アドバイス?」
「頼れるお姉さんなわたしが、手取り足取り、大学生活のことを教えてあげるから」
「藤村さん…それがしたくって、きょう、ウチに」
「そ。金曜アフター5の、大学生活講座だよ」
「……同じ大学、通うことになるんですもんね」
「そーそー。学食のランチはなにが美味しいかとか、どんなサークルに気をつけたらいいのかとか」
「藤村さん、いろんなこと、知ってそう」
「3年間も通い続けてるんだもん」
仲睦まじくやり取りするわたしたちをよそに、いまだ立ちんぼ状態の戸部。
見かねてわたしは、
「なにやってんの? 戸部。座ったらいいのに、ソファ」
「おれは、立ってるほうがいい」
「なぜ」
「おまえらの女子トークを聴きながら――つま先立ちトレーニングをやろうかと思ってな」
「バッカじゃないの」