はい、どうも。
久保山克平(くぼやま かつひら)と申します。
『漫研ときどきソフトボールの会』というサークルの幹事長です。
――ヘンテコな名前のサークルですよねえ。
文字通り、漫画研究の合間に、ソフトボールで健康増進するサークル……というコンセプトなわけですが。
それにしても、ヘンテコだ。
漫画と、ソフトボールの、取り合わせ……。
えー、身体的コンプレックスは、横幅の広さです。
つまり、まあ、ぽっちゃり君なわけで。
痩せられません。
痩せられたら、世界が違って見えるんだろうけど、痩せられません。
哀しいなあ……!
× × ×
いちおう、野菜をこまめに食べるよう、心がけてはいる。
……さて!!
いま、おれは、学生会館5階のサークル室にいるのである。
漫画雑誌の最新号をあらかた読んでしまい、ヒマを持て余している。
次になにしよっかなあ。
過去の名作漫画の『研究』でもするか……。
……いや、スポーツ新聞を買ってきて、プロ野球契約更改の記事でも読んでいようか。
それとも、演習で教授に出された課題でも、進めるか?
迷う、迷う。
…向かい側のテーブルには、1年生の羽田愛さんがいて、本を読んでいる。
おそらく文芸書だろう。
羽田さんと文芸書の取り合わせは……この上なく知的さをかもし出している。
エレガントだ。
非常に容姿端麗な彼女。
容姿端麗なだけでなく、運動神経も抜群で、ソフトボールのとき、彼女の投球を、みんな、なかなか打てない。
おれ、しばしば、キャッチャーとして、彼女の球を受けることがあるのだが、あの速球には……正直、ビビる。
そして容姿端麗・運動神経抜群なだけでなく、ピアノが弾けるとか、料理を毎日作ってるとか……どんだけスキル豊富なんだって感じだ。
そんなパーフェクト女子大生に、彼氏がいないわけがない。
アツマくん、という2つ年上の男子と、つきあっているという。
つきあっているだけでなく、いっしょに住んでいるという。
同棲……というわけではなく、アツマくんの実家のお邸(やしき)に居候しているという。
いったいそれはどんな環境なんだ……。
……羽田さんが顔を上げた。
栗色がかった髪が、さわ、と軽く動く。
「幹事長」
呼ばれた。
「お、おう」
応えるおれに、
「…おヒマそうですね」
と笑顔で言ってくる。
「手持ち無沙汰なんだ…すまんな」
なおも笑顔で、
「『すまんな』、って。謝る対象が存在しないじゃないですか~」
「た、たしかに、うむ」
笑顔を持続させながら、
「……そうだけど?」
「卒業論文、書きますよね?」
「……書くよ。まだこれから、だけど」
「――題目は?」
「――気になるの?」
「ハイ。気になります」
「――、
まあ、いちおう、黒岩涙香が『萬朝報』に載せた翻案小説について、書こうかな、って思ってる」
羽田さんの眼が一気にキラキラ輝いた。
「それ、すっごく気になります!!」
うおぉ……。
まぶしさ満点の顔で、羽田さんが、おれの卒論に食いつく。
「せっかくだから、詳しく教えてくださいよ!! わたしも将来の参考にしたいし」
ぐおぉ……。
羽田さんに、ヘタなことは言えないな……と思い、口ごもってしまうおれ。
『?』と、羽田さんが少し首をかしげる。
まずいか。
――おれの席の右横ソファで、小柄な女子がムクッ、と起き上がる気配。
ここで――、さっきまでずっとお眠りだった日暮真備(ひぐらし まきび)が登場する。
こいつの最大の趣味は、サークル室で睡眠することだ。
…小動物みたいな真備は眼をこすって、
「羽田さん、クボ、たいへんなのよ。クボ、大学院に進むつもりなんだから、だから、ちゃんとした卒論を書かないといけないの」
おまえ……寝ながら話、聴いてやがったってか。
「ヘタな卒論書いちゃったら、お先真っ暗なんだからねえ」
「……チッ」
「あ~、クボが舌打ちした~~」
「……真備よ。おまえだって、進路は法科大学院なんだろ? プレッシャーは感じんのか」
「そんなに? クボが感じるプレッシャーと比べたら」
「……」
「キョージュからのプレッシャーも、スゴそうだし」
「……この地獄耳が」
「わたしクボのお母さん役だから。お母さんは、なんでも知ってるものなのよ」
「そのお母さん役はいますぐ降板してほしいんだが」
「ヤダ。お母さんごっこしたいんだもん」
「おまえいくつだ!? どういう精神年齢だっ」
「あー、クボ、うざいー」
「――仲良しさんですね。」
ふと、羽田さんがこぼしたことばに――おれは、冷や汗をかく。
おれと真備のやり取り――、そういうふうに、彼女には、映ったのか。
冷や汗をかきながら、真備の様子を見る。
真備は……再度、ソファの上に丸まって、睡眠に移行しようとしている。
おれと……反対側の方向に、横向きになって。