代々木。
JRの駅のあたりをふらふらと歩いていたら、見知った男子の歩き姿が視界に飛び込んできた。
「――篠崎くん。」
思わず声が出てしまう私。
篠崎大輔くん。
高校の、同級生。
「――甲斐田か。」
気づいた篠崎くんが、接近してくる。
「……お久しぶりね」
「ああ。大学生になってから、会ってなかったよな」
「代々木とか、微妙な場所で、再会しちゃったね」
「微妙か? 代々木は」
ひとによって、代々木という場所のとらえかたは違うんだけれど。
それはともかく――代々木と、いえば。
「なんで篠崎くん代々木にいるの? 大学受験にいまだに未練があるってわけ? ――代々木だけに」
彼は首を横に振りつつ、
「違うが?」
「じゃあ、なんで」
「新宿から渋谷まで、徒歩で移動する道中だったのだが」
えー、なにそれ。
足を痛めちゃうよ、そんなことしたら。
……でも、私、ひとのこと言えないか。
「私と逆方向に行くつもりだったのね。私は、原宿から、代々木公園経由で、ここまで歩いてきたの」
「ほお。甲斐田なりの、体力づくりか?」
「それも、あるかな」
――私は、懐かしい気分になって、思わず、
「篠崎くん。急がないなら、ちょっと私と話さない?」
× × ×
マクドナルドに来た。
篠崎くんは、ものすごい勢いで、てりやきマックバーガーを3個胃袋におさめた。
バンカラな食欲、って感じ。
「よく食べるね。さすが、『番長』の異名をとどろかせた男」
「――ウム」
まんざらでもなさそう。
せっかく会ったんだし、思い出話に花を咲かせたい。
そういう気持ちが、強くなって、
「去年のいまごろ、受験の追い込みで。
で、年が明けたらすぐ、共通試験で。
でもって、共通試験で……私も篠崎くんも、しくじって」
と言ってしまったのだった。
共通試験での失敗に触れてしまって、不愉快にさせてしまったかもしれないと、言ってから後悔した。
だけど。
だけど篠崎くんは、少しも動じることなく、テーブルの上で指を組みながら、
「あれはもう、いい思い出に変わった。たしかに、失敗体験ではあったが、貴重な失敗体験をすることができたと、前向きにとらえている」
「――意外。案外切り替え早いんだ、篠崎くん。早稲田で、東大志望の仮面浪人サークルにでも入ってるかと思ってたのに」
「馬鹿なことを言うな、甲斐田」
「私は……なかなか、切り替えられなくって」
「ん…」
「いまの大学蹴って、浪人するかっていう考えも、あったんだけどね。やっぱり思い直した。受け容れたの、失敗を。とても時間は、かかったけれど」
篠崎くんは、真顔で、
「ほんとうに、外国語大に、未練は残っていないのか?」
「うん。」
私は、ポジティブに、
「篠崎くんと、いっしょ。自己採点のあと、気が動転して、おかしくなりかけたけど、それもひっくるめて、いい思い出になったし、いい失敗体験になった」
「……病んでたものな。あのときの、おまえの顔」
「あなたがいてくれて助かったよ、篠崎くん」
――視線と視線が合わさる。
「あのとき、失敗した私に、あなたは気づいてくれた。もし、気づく存在が、だれもいなかったとしたら――」
…あれっ。
変なこと、しゃべってるかもしれない、私。
「甲斐田?」
「私、篠崎くんと同じ高校で、よかったと思ってる」
「よかったとは、どんな意味で」
「…どんな意味で、なのかなあ?」
「おっおい、甲斐田」
「…ごめんね篠崎くん。
テンション、おかしいよね。どうしてなのかな…」
× × ×
マックを出た。
「おまえ……もう一度、代々木公園を歩いてみたらどうだ」
「クールダウン、しろってこと?」
「まさに」
「そんなに火照ってる? 私」
「いや……そういうことではなくってな」
「――、
久々にあなたに遭遇したから、舞い上がっちゃったみたい」
「……。
冷静沈着なのが、おまえの長所だと思っていたんだが」
私は、軽く笑い、
「なによ、その誤解」
「甲斐田……??」
「ねえ、篠崎くん」
困惑と沈黙の篠崎くんに対し、
「ねえってばっ」
と揺さぶりをかけて、
「なんだか…冬じゃないみたい。ポカポカしてきちゃった。あなたは、どう?」
「ど、どう、と、言われてもだな……」
「私の感覚が、おかしいのかな?」