新しい朝。月曜の朝。
スッキリと眼が覚めた。
抱きながら寝ていた『ホエール君』のぬいぐるみを軽くさすったあとで、ベッドから立ち上がり、カーテンを開けに行く。
晩秋の朝の寒さも、嫌いじゃない。
小鳥が鳴いている。
どんな鳥だろう。
クラスメイトのミヤジだったら、たぶん知っている。
教えてもらおっかな――朝の小鳥について。
それはさておき。
とうとう、自己推薦入試の週がやってきたわけだ。
× × ×
まだ朝は早いけど、階段を下りて、ダイニングまで行く。
するとやっぱり、おねーさんが、わたしより早く起きてきていて、朝食の準備をしていた。
「おはようございます、おねーさん」
「おはよう、あすかちゃん。早起きね。いいことだわ」
「ありがとうございます。――愚兄はまだ、眠りこけてると思います」
「アツマくん情報を付け加えなくても」と兄の恋人は、苦笑い。
「おねーさん、コーヒー、あります?」
「あるわよ」
「じゃあ飲みます」
「わたしも飲む。下ごしらえは、一時中断」
角砂糖を数個入れ、◯リープも投入する。
いっぽうのおねーさんは、いつものように、なにも足さない。
「ふぅ。頭がしゃきっとしてきます」
「わたしも~、あすかちゃん」
「いいですね」
「いい朝だ」
「愚兄のジャマも入りませんし」
「こらこら」と愚兄の恋人は、苦笑。
台所のまな板に、眼をやって、
「きのう、利比古くんに、ジャガイモの皮剥きをレクチャーしてたらしいじゃないですか」
「あ、知ってたか」
「けっこう地獄耳なんで」
「そうなのね」
「姉弟の、共同作業であったと」
「そんなところね」
「ちょっと……ずるいかも」
「ずるい?」
「わたしも、おねーさんのそばで、ジャガイモの皮剥き、教えてもらいたいですっ」
「――ヤキモチ?? それ」
「そうとも、いうかも」
「――そもそも。そもそも、あすかちゃんあなた、包丁でジャガイモの皮剥きがちゃんとできるでしょう」
「あ~、言われてみれば」
「包丁で皮剥きできるのに、わざと言ったってわけね」
「ごめんなさい」
「ゆるす」
「はい」
「……あすかちゃんには、もっと高度なことをレクチャーしてあげてもいいんだけど、」
「はい」
「わたしのお料理講座は……あなたの推薦入試が終わったあとだな」
「まあ……そうなりますよねえ」
「入試対策のほうは、順調?」
「至って順調ですよ」
至って順調なのは、ほんとう。
だけど、きのうのことを、わたしは想い起こして、
「おねーさんの誕生日プレゼントを選ぶ時間は……取れませんでしたけど」
あらあら……と言いたげに、微笑ましそうに、
「ま~だ、そんなことを気にしてたの~~?? 後悔したってしょーがないでしょっ、あすかちゃん」
そうだよね……。
「そうですよね……」
「ちゃーんと、『おめでとうございます』って、祝ってくれたじゃない! それでじゅうぶんだよ」
オトナだな……。
「おねーさんが……すっごく、オトナのおねーさんに見える」
「え!? ――19歳になったからかしら」
「年齢も……まあ、そうですけど。なんというか、ますます慕っちゃいたくなっちゃうんですよね」
「――そっか」
椅子に背中を預け、天井のほうを軽く見上げて、それからおねーさんは、
「もちろん、慕ってくれていいんだけど。あなたの入試は、あなた自身のちからで、がんばらないとね」
「おねーさんの手を借りず、ってことですよね」
「わたしは人生で1度も推薦入試を受けたことがないし」
「ハイ」
「アドバイス、するなら……。じぶんを信じて、乗り切っていこう……とかかな」
「じぶんを信じられないと、他人も信じられませんよね」
「なるほど。あすかちゃん、名言よ、それは」
「えへへっ」
× × ×
そろそろ、利比古くんや、愚兄が起きてくる時間帯。
彼らがやってくる、前に。
「おねーさん」
「んっ?」
「わたし、誓います。誓っちゃいます」
「え? いったいなにを」
「誕生日プレゼントは、あげられなかったけど。
わたしの合格が、おねーさんへの最高のプレゼントです!
だから……ぜったい合格します、神に誓って」
「あすかちゃん……!」
「あーっ、おねーさん、感動しちゃってるっ」
「バカねえ、あすかちゃん……感動するに決まってるじゃないの」