「お兄ちゃん、おねーさんとケンカしたでしょ」
「うっ……」
「まったくもう」
「……どうしてそれを」
「妹には筒抜け」
「ぐ……」
わたしは大きくため息をついて、
「お兄ちゃんは、ほんとうにしょうがないなあ。努力不足だよ。努力不足だから、おねーさんとすれ違っちゃうし、就活もうまくいかない」
就活のことに触れられて、怒っちゃうかもな…と思ったけど、わたしの予想に反して兄は、
「あすかの…言う通りかもな」
と、じぶんの至らなさを、認める。
「おまえは正しいよ、あすか」
そう言って、リビングから歩み去る兄。
『おねーさんと早く仲直りしなきゃダメだよ』、と言うヒマもなかった。
× × ×
兄に、「努力不足」って、言ったけど。
わたしも同じかもしれない。
努力不足だから――書いた原稿を結崎さんに完全否定されるのかもしれない。
わたしの文章の至らなさって、なに?
どこをどうブラッシュアップすべきなの?
気難しい結崎さんは、ヒントなんて一切くれない。
ともかく、「全部書き直し」を命じられたんだから、文章の構成からまるっきり考え直さなきゃいけない。
考え直すことこそが……努力。
あーでもないこーでもない、と机に向かって考える。
時には、思いつきを、ノートに走り書きする。
だけど……行き詰まってしまう。
「袋小路」の3文字がピッタリ。
できるだけ早く書き直して、再提出しないといけない……という焦りで、消耗していく。
気分転換が必要だと思った。
机に向かい続けていても、ひらめきは生まれない。
場所移動だ。
場所移動が、いまのわたしには必要。
場所を変えたら、気分も変わり、新たなる発想も芽生えてくるだろう。
× × ×
利比古くんの部屋に来た。
利比古くんに助けを乞うつもりで来たわけではない。
わたしの事情抜きで、彼とおしゃべりをする――それだけが、目的だった。
「あの」
利比古くんは控え目に、
「ぼくの部屋にあすかさんが来るなんて、珍しいですよね。…なにか、特別なことでもあったとか、ですか?」
「特別なことなんてないよ」とわたし。
「じゃあ、どうして」と利比古くん。
「おもに、ヒマつぶし」とわたし。
「ヒマつぶしって……」と困惑の利比古くん。
小さくため息をついてから、
「日曜日でしょ、きょう。大学生になって、日曜日のヒマさの度合いが急上昇してるの」
と言うわたし。
「ヒマつぶしの相手が、ぼくですか」
「不服?」
口ごもる利比古くん。
「わたしって、友だち、多いほうじゃないんだ…。いないわけじゃないけど」
反応に困っているのか、なおも口ごもりの彼。
「数少ない友人も、きょうは、軒並みスケジュールが埋まってるみたいで」
「……それで、ぼくにたどり着いた、ってわけですか」
「そうだよ。
――利比古くん。利比古くんの存在は、貴重なんだよ!?」
「はぁ……。」
薄いなー、反応。
「お願いだから話し相手になってよ。こんど、なにか奢(おご)ってあげるから」
「あすかさんが…ぼくに?」
「知ってるでしょ? 邸(ウチ)の近くに、お好み焼き人気店の2号店がオープンしたって」
「あー、そういえば」
「焼きに行こうよ、お好み焼き。わたしの奢りで、さ」
だから、交換条件として。
「悪くないでしょ――お好み焼きと引き換えに、わたしの話し相手になるのも」
「――ひとつ、いいですか」
「なに」
「あのお店って――お好み焼きは、なに風(ふう)なんでしょうか?」
「関西風」
「……関西風でしたか」
ちょっと待って。
そのガッカリフェイスは、なに!?
わたしが「関西風」って言ったとたんに……!!
「まさか……『広島焼きしか認めません』なんて、言わないよね!?」
「……物足りないじゃないですか。お好み焼きには、麺が入ってないと」
詳しく……聞かせてもらおうかな。
話を。