【愛の◯◯】ぼくだけが『ダメ』な理由がいつまで経っても分からない

 

夜7時を少し過ぎた頃、リビングに行くと、サナさんが居た。

スマホを見ている。どうやらLINEを使っているようだ。ポチポチと文字を打ち込んでいると思われる指の動き。送信ボタンを押したと思われる指の動き。相手から返信があったことは、表情の変化で分かる。ときおり嬉しそうな笑い顔になるのだ。

テレビをつけるのを躊躇して、長テーブルに置いてあったスポーツ新聞を手に取る。サナさんの仕草が気になりつつも、スポーツ新聞の見出しを眼で拾っていく。

そうしていると、

「利比古くーん」

というサナさんの呼びかけが向かい側から聞こえてきた。彼女はいつの間にかスマホを長テーブルに置いていた。

スポーツ新聞から彼女へと眼を転じると、

「わたし、だれとLINEのやり取りしてたと思う?」

と訊かれた。

「広島の彼氏さんですか?」

答えたら、

「ピンポーン」

という声が返ってきた。

彼氏さんとどんなやり取りをしていたのかを彼女は語る。広島東洋カープは来季どれだけ期待できるのか。サンフレッチェ広島は来季どれだけ期待できるのか。

スポーツの話題以外にも、

「あっちからお好み焼きの画像が立て続けに送られてきて、あまりにも美味しそうだから、どこでもドアを使って食べに行きたくなっちゃった」

気持ちはよく分かる。

ぼくも広島風お好み焼き信者なので、広島風の画像を連投されたりしたら、食欲が盛り上がってきて、どうにもならなくなっちゃいそうだ。

「あ~っ、この近くに、広島風の美味しいお店が無いかな~っ」

と彼女が言うから、

「ありますよ?」

と答える。

「え!? どこらへんにあるの」

ぼくはお店の場所を説明する。

「それは、土曜日に突撃だな」

とサナさん。

善意でもって、

「ぼくも一緒に行きましょうか? 少し分かりづらい場所なので、案内が必要だと思うし」

と言った、のだが、

「えぇ……。利比古くん、ついて来るつもりなの……」

と、サナさんは苦い顔に。

どうして顔が苦く??

「ひとりだと、道に迷うかもしれませんよ?」

「それはグーグルマップでなんとかなるし」

彼女は苦い顔を持続させて、

「それに、利比古くんと2人でお好み焼き屋行くなんて、わたしのポリシーに反するし」

ポリシー!?

 

× × ×

 

サナさんがリビングを去った。

微妙な空気を引きずって、深い溜め息をついてしまう。

テレビをつけて気を紛らそうかと思い、リモコンに手を伸ばす。

すると、視線の先にあすかさんが出現。

ペタペタとリビングに歩み寄ってくる。

 

ぼくが鬱屈とした状態になりつつあるのを敏感に感じ取ったらしく、『そんなに落ち込んでるのは、なんで?』と問われた。『サナさんの気分を損ねてしまったんです』と答え、損ねてしまうに至った経緯を説明した。

 

「それは利比古くんが無神経だったんだよ」

ズバッと言われた。

あすかさんに「無神経」と言われるのに慣れっこになってしまったから、「無神経」と言われたこと自体にはさほどダメージを食らわなかったのだが、

「どういった点で、無神経だったんでしょうか?」

「ひとことで、強引」

「強引……」

「誘いかたが全然なってない。サナさんがドン引きするのも当たり前」

「一緒に行ってあげようとしたのがマズかったんでしょうか?」

「そのとーりだよ。利比古くん、サナさんのこと、まったく分かってなーい」

腕組みを始めた彼女は、

「利比古くんと2人だけでお好み焼き食べに行くなんて、気が進むわけないじゃん」

と言い、

「わたしと2人だけで行くんなら別だけどね」

「それはやっぱり、女子同士だから……」

「ち・が・う・よ」

え!?

Why!?

「流(ながる)さんとでも、サナさん、喜んでついて行ったと思うよ? 性別の問題じゃあないんだよ。利比古くんだから、ダメなんだよ」

そんなあ。

ズーン、と落ち込みが強まって、

「ぼく、もしかして……サナさんに、嫌われてて」

と、俯きながら弱々しく言ってしまう、のだが、

「ち・が・う・よ」

と彼女が言ってきたから、ビックリして顔を上げる。

「サナさんは利比古くんが嫌いなわけじゃない。そうなんだけど、もしかしたら『そうであるからこそ』、2人でお好み焼きを食べに行きたくはない」

よく分からない。

あすかさんは続ける。

「それだけ、サナさんがデリケートだってこと。そこんところは、利比古くんも、もうちょい意識しなきゃ、だね」

まだ、よく分からない。

「あの、具体的には、ぼくは、どうすれば」

「すぐ答えを求めたがるんだからぁ」

「も、求めますよ」

「あなたもう大学生でしょ!? なんで自分で考えないの」

ううっ……。

「あなたの課題はあなた自身で解決するんだよ」

うううぅっ……。

「ところでところで」

え、えっ!?

このタイミングで、話題の転換!?

「ねえ」

ジットリと微笑んで、あすかさんはぼくの顔を見つめて、それから、

「利比古くんさ……。わたしに向いてそうで待遇も良さそうなアルバイト情報とか、持ってない??」

と、自分自身の課題を自分自身で解決する気が少しもなさそうな発言を、投げつけてくるのだった。

もうイヤだ……。