東本梢(ひがしもと こずえ)さん。
アツマくんを介して知り合った、20代後半の女子大学生。
なぜ20代後半で女子大学生であるのか。
それは……人生いろいろ、ってこと。
いろいろな『ルート』があるってこと。
さてさて。
わたくし羽田愛は、梢さんをマンションへと招いているのである。
アツマくんはもちろん出勤中なので、梢さんと2人きりな平日の午前10時台だ。
わたしは2人ぶんのコーヒーをダイニングテーブルに置く。梢さんは椅子に着席する。
わたし側の卓上に置かれていた本に梢さんが注目して、
「『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。……訳せば、『ライ麦畑でつかまえて』だよね」
「読んだことあるんですか!? わたしは、村上春樹が訳した、この『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が好きで――」
「ううん。読んでない」
控えめに首を振る梢さんは、
「ゴメンね。愛ちゃんの期待に応えられなくて」
……あれっ?
梢さんの目線……下向き。
× × ×
テンション、低い。
コーヒーを飲んだらテンションを上げてくれるかも、と期待したが、期待は外れてしまった。
梢さんがダウナーだ。
小さく見える。
彼女の身長は166.5センチで、わたしよりちょうど6センチ高い。
なのに、わたしと同じぐらいの背丈に縮んじゃってるように見えちゃう。
「えーっと」
打開策を手探りするわたしは、
「今日は、『西日本研究会』に関するネタは、なにか用意してないんですか? わたし、梢さんが『西日本研究』の成果を話すのを聴くのが、いつも楽しみなんですよ」
と言ってみる。
先日は、『徳島県では近畿地方のテレビ局が観られる』という話をしてくれた。
その話が面白かったから、テレビ大好きっ子の利比古との雑談の中で話題にしたら、
『テレビ界隈では有名なことなんだよ、お姉ちゃん』
と言われた。
「どうですか? 西日本各地のテレビ事情のことだとか……実はわたしの弟、テレビ関連のことにすごく好奇心を示すんですよ。梢さんが提供してくれる西日本のテレビ情報を持ち帰って、弟に話したら、きっと喜ぶ……」
振ってみた。
だけど、梢さんの反応は、鈍かった。
いや。鈍いどころじゃない。
わたしの喋りが、耳に入ってないのかも……??
ひとことで、『らしくない』。
絶対になにかあるんだわ。
なにか抱えてるモノがあるのよ。
20代後半なのに、大学生。
葛藤もあれば、軋轢も……!
「すみません、梢さん。わたし、少し喋り過ぎた」
そう言ったら、
「謝る必要なんて、無い。私が、不甲斐ない状態なだけ」
と、消え入るような声。
わたしは、背筋を伸ばして、
「つらかったり、するんですか?」
と柔らかく、問う。
でも、なにもコトバが返ってこなかった。
だから、わたしは椅子から立ち上がった。
弱々しく座っている梢さんの間近に立つ。
梢さんにオトナのお姉さん的な雰囲気は微塵も感じられない。わたしが間近に来たことで幼さが増したようにも見える。
弱く幼い彼女の顔つきがカワイイと思ってしまった。
だけど、カワイイと思うだけじゃいけない。だから、彼女の右肩にぽん、と右手を置いてみる。
弱々しさに包み込まれてしまった彼女を見下ろして、
「なんでも言ってくださいよ。わたしと梢さんしか居ない空間なんだから。」
と、励ますように言う。
「……」と梢さんが唇を噛む。
「見るからにツラい状態なんだと思うんだけどなー」とわたし。
「……」と依然無言ながらも、彼女の目線が少し上昇した。
「わたしに甘えたって、だれも見てませんから♫」
「愛ちゃん……」
「女子同士なんだし」
「……優しいんだね」
「この状況下だと、優しくするのが義務です」
「言い回し、面白いね」
「えへ」
「分かった。ダメダメな私、受け止めてほしい」
やや持ち直し、苦笑い混じりの顔になり、
「受け止めてほしいんだけど……その前に。私、おなかがすいちゃったの」
と、梢さんは。