仕事が休みだったので、邸(いえ)に愛と一緒に「プチ帰省」した。
「プチ帰省」なんだけれども、本日は邸(いえ)に招待している女性(ひと)がいて――。
× × ×
「愛」
「なあにアツマくん」
「もうすぐ14時だ。梢(こずえ)さんがやって来る時間だ」
「……そうね」
「コーヒーを飲むのは、梢さんが来るまで我慢な」
「……そうね」
珍しく同じ相槌を繰り返した。よく見れば視線は下向き。あれか? ナーバスってか??
「なんでナーバスみたいになるかな」とおれ。
「ち、違うわよ。ナーバスじゃないわよ」と愛。
「梢さんが訪ねてくるのがそんなに不安(ふあん)か。それとも、不満(ふまん)か?」
「む、ムダに上手いこと言うんだから」
「安心しろ☆」
「な、なにを。サッパリ意味が分からないんですけど」
「……」
「アツマくんっ……」
答えてやらない。
狼狽えてはいるが今も素晴らしく美人な愛の顔面を、そっと見つめるだけだ。
× × ×
梢さんが入ってきた。
「ヤバくない!? きみのお邸(やしき)。完全にハイクラス国民なお住まいじゃん」
「よく言われます」
「上級国民~~」
「羨ましいっすか?」
「そりゃもう」
彼女は天井を見上げて、
「なに、この広々とした空間。阪神間(はんしんかん)に住んでるブルジョワでも、こんな空間は持ってないんじゃないの」
と感嘆。
梢さんは「西日本研究会」のサークル員だから、「阪神間」というワードが出るのである。
さて、いよいよ(?)、愛が待機しているソファまで向かって行く。
「おーい愛、梢さん来てるぞー。挨拶しろ」
ゆるりと愛は立ち上がる。
不必要に思えるぐらいマジメな顔つきで、梢さんを見つめる。
そして、
「羽田愛です。普段は、そこのアツマくんと一緒に暮らしています」
と、決然とした声で挨拶。
チカラが入りすぎてねぇか?
「知ってるよ」
梢さんは応答し、
「東本梢(ひがしもと こずえ)。よろしくね。遠慮なく『梢さん』って呼んでね♫」
「分かりました」
分かりました、と言ってから、愛は勢いをつけてソファに着座した。
おれは愛の真向かいのソファに着座。
しかし、
「自分の彼女の横に座ってあげないの?」
と言いながら、梢さんが……おれの、真横に。
左腕で頬杖をついて梢さんは、
「すごくカワイイ子で、びっくりしちゃった」
と、オトナの女性特有の余裕アリアリな抑揚で言う。
すぐに、愛が、
「それは、わたしのことを言っているんでしょうか?」
とやり返す。
「今この空間に、私とあなた以外、女子は居ないじゃないの」
と梢さん。
「……」と愛はいったん口をつぐむが、
「梢さんこそ、わたしより10倍オトナっぽいし、わたしより背が高くてスタイル良いし、脚が長いからパンツルックも似合ってるし」
と言って、空気を一気に不穏なものにする。
「おいおい愛よ、初対面のヒトにいきなりそういうこと言うなんて、少しおまえらしくない――」
「アツマくんは口を慎んで」
オイッ。
「前に言わなかったかしら!? わたし」
「どんなことをだよ」
「梢さんぐらいの身長が欲しかったのよ。166センチか167センチぐらいの身長が。それぐらいの背丈があれば、ルックスだけじゃなくてスタイルでも自信持てたのに」
オイオイッ。
どこからツッコめばいいのか……皆目見当がつかない。
不穏な空気も和らげたかったのだが、不意に、おれの右真横から、梢さんの笑い声が聞こえてきた。
顔をしかめる愛が眼に突き刺さる。
「愛ちゃんって、見た目だけじゃなくて、中身もカワイイのねえ」
いけません梢さんっ。それは火に油を注ぐんです。そういう発言は挑発と認識されて、愛の不機嫌を増幅させるんですっ。
緩衝材……緩衝材は……無いのか!?
「アツマくん……わたし、しばらくのあいだコーヒーを淹れてくるわ」
愛が腰を浮かせてしまった。
いかんですよ、愛ちゃん。キミ、ダイニング・キッチンに引きこもりたい魂胆なんでしょ。
ここでなぜか梢さんがおれのほうに身を寄せてきて、
「残念ね、私の所属してる『西日本研究会』での研究成果、彼女に伝えたかったのに」
と、ささやく素振りで、言う。
愛が両手の拳を握りしめている。