さやかとスマホで通話している。
『昨日はなんだか不甲斐なかった。ごめん。謝る。愛』
「わたし以上に謝るべき対象が居るんじゃないの?」
『……。侑さん?』
「そーよ」
わたしは、ダイニングテーブルに置かれた小さな小さな黒ウサギのぬいぐるみをふにふにとイジりながら、
「結局、『呼び捨てトリオ』を結成するのかどうかが有耶無耶になっちゃったじゃない。せっかく侑が提案してくれたのよ? なのに、侑の眼を見て話すことすら、あなたは上手にできなかった」
とイジっていく。
『後悔は、ある』
「もっとがんばりましょーね」
『愛……。あのさ』
「?」
『試しに今この場で、侑さんを、呼び捨てにしてみる』
えーーっ。
「さやかぁ。あなた自分がなにを言ってるのか分かってるのぉ?」
『わかってるよっ!!』
面白い。
面白いわねえ。スマホの向こうで、さやか、たぶん顔を赤らめてるわ。
『侑さん――じゃなくってっ、侑の、黒髪ストレートが、ツヤツヤしてて、』
吹き出しそうになりながら、
「それで?」
と促す。
『ど、どんなトリートメント、使ってるのかなって。今度、侑に会ったら、訊いてみたくって』
「さやか」
『な、なに?』
「うまくやるのよ♫」
『う、うまくやるって、なにを!!』
「あせってるわね」
『あ、あんたねえっ』
「あなたは肝心なところでドギマギするのよね。見かけはクールでサバサバしてるのに」
『通話切るよ!?!?』
× × ×
面白すぎた。
――さて。
そろそろ外界に出ていこうかしら。
向かう目的地はというと――。
× × ×
「どんどん暑くなってますけど、センパイが調子を崩してないのが分かって安心してます」
「ありがとう。羽田さんの思いやり、嬉しいわ」
葉山先輩のお家に来ているのだ。
世田谷区っぽいところの某所のお家である。
1階の奥まったところにセンパイのお部屋はある。
麻雀漫画や競馬漫画が散らかっているけど、これもセンパイの個性。彼女の個性を尊重して、敢えてなんにも指摘しない。
さてセンパイは今ベッドに着座していて、わたしは床で体育座りのような格好になっている。
「羽田さん。お馬さんのぬいぐるみ、ギュッとしてみる?」
そう言ってセンパイは、競走馬をデフォルメした可愛いぬいぐるみを差し出してきた。
「これがゴールドシップちゃんですか」
「ゴールドシップ『くん』よ。牡馬なんだから」
「センパイも細かいんだからあ」
「羽田さん、この毛色、分かる?」
「芦毛に決まってるじゃないですかあ」
センパイはなぜかビックリして、
「も、もしや、ゴールドシップが勝ったG1、全部言えるとか」
わたしは言った。
衝撃的なぐらいビックリしてしまったのか、センパイの視線が揺らぎまくる。それから、自分自身の膝のあたりに視線を落としてしまって、困惑めいた素振りをわたしに見せてくる。
「どうしたんですかセンパイ? 詩を書き留めた秘密のノートを好きな男の子に偶然見られちゃった15歳の女の子みたいになって」
「……その比喩は、どこから持ってきたの」
「どこからも引用してませんが」
「……そうなの」
肩を落とし気味に、
「わたしが自分の趣味のことになると喋り過ぎちゃうのが、良くないのかしら」
とセンパイ。
――ここでわたしはいちばん肝心なことを思い出し、スッとその場から立ち上がって、
「センパイのゴールドシップ語(がた)りが、とっても印象に残ってるってことですよ。それで問題なんかなにも無い、でしょ?」
と丸く収めるコトバを言っておいて、
「ピアノの部屋に行っていいですか。マンション住まいになって最近なかなかピアノに触れられないから、欲求不満なんですよ」
と、クルリとセンパイルームの出口を向く。
「好きなだけ弾かせてあげるけど、どんなの弾きたいの……?」とセンパイが訊く。
訊かれたので、わたしは、
「宝塚記念専用ファンファーレ」
「う、嘘よね!? お、お願いだから羽田さん、あなたは競馬沼にハマらないで……!?」
クルリと彼女に向き直る。そして、ベッドから腰を浮かせかかっている彼女をジト目で見つめる。
悪すぎる後輩と化したわたしは、
「じょーだんに決まってるでしょ?? せんぱーい」
と、タメ口同然の口調で。