【愛の◯◯】あすかさんは言った。「今夜は川又さんは、わたしのものです」と

 

引き継ぎをするというのに、

眼の前の羽田センパイ、

なんだか、浮かない顔。

 

「……どうかしたんですか?」

「あのね……川又さん。きのう、さやかと電話したんだけど」

「青島センパイと、なにかあったとか?」

「さやかを怒らせたとか、そういうわけじゃないんだけど……」

「じゃあ、いったい」

羽田センパイはなぜだかうつむいて、

「会話の流れで……不適切な発言をしてしまって」

「ふ、不適切?? ど、どの方面に対して」

「某教育機関……」

「……なに言ったんですかセンパイ」

「それで、罪の意識があって、いまでも反省してるの」

うーん。

「反省するのは、真面目でいいと思いますけど。

 あんまり、ガックリしないでくださいよ。

 せっかくお邸(やしき)に招かれて、部長の引き継ぎしようとしてるんですから。センパイがそういうテンションだと、わたし、困っちゃいますよ」

「そうだねぇ…」

センパイは顔を上げて、

「パーッとやろうか」

いや。

これ、引き継ぎですよね?

パーッとやるって…。

 

× × ×

 

わたし、川又ほのか。

春から高等部3年生。

羽田愛センパイから、文芸部の次期部長に指名された。

ちなみに、わたしの実家は喫茶店

コーヒーには、自信がある。

 

わたしがセンパイのお邸(やしき)に持ってきた豆を挽(ひ)いて、コーヒーを作った。

それを飲みながら、引き継ぎをやろうとしている。

 

「川又さんはコーヒーに砂糖入れるんだね」

「少しなら」

「『少しなら』とか、強がらなくたっていいのよ~」

「センパイっ」

 

センパイはいつものごとくブラックでコーヒーを味わっている。

 

「やっぱりひと味違うね」

「違いがわかるんですか?」

「『違いがわかる女』って思ってちょうだい」

「はい……」

「素直ね」

「……まぁ」

「で――、コーヒーがひと味違うついでに、川又さん、あなたには、いままでより『ひと味違う』文芸部にしてほしい」

「――唐突に引き継ぎモードですね」

「えへ」

「でも、『ひと味違う』って、具体性がぜんぜん見えてこないんですけど」

「そこは、あなた次第よ」

「丸投げ…?」

「えへへ~」

「センパァイ……」

「ま、向上心を持って、部を運営してもらいたいよね」

「向上心」

「努力よ。努力」

「…がんばります」

「がんばるのよ…」

 

× × ×

 

具体的な方針が、いまいちセンパイのほうから示されないまま、時は過ぎていった。

 

センパイは二杯目のコーヒーを飲んでいる。

「おいしいね」

「なんだか、引き継ぎが終わったかのような雰囲気になってる気がするんですけど」

「そーねー、お菓子食べて、終わりにしよっか」

「適当な」

「このコーヒーにいちばん合いそうなお菓子、探してくるよ」

「終わりってことなんですね、引き継ぎ」

「川又さんもお菓子探そうよ。この邸(いえ)、ないお菓子はないってぐらい無限にお菓子があるんだから」

――話を噛み合わせてください

 

× × ×

 

「あ、お菓子いっぱい食べてる」

 

通りがかった、アツマさんの妹さんのあすかさんが、テーブルを見て言った。

 

「あんましお菓子食べすぎると、晩ごはんが入らなくなりますよー?」

不敵に笑い、あすかさんは言う。

「あら、あすかちゃんも兄ゆずりね。アツマくんみたいなこと言ってる」

「どーせ、おねーさん、お菓子は『別腹』って考えなんでしょ」

「そう思わないと、お菓子なんて食べられないわよ」

「……不思議と太りませんよね、おねーさんって」

「スポーツスポーツ。鍛えかたが違うの」

「それ、お兄ちゃんの受け売りのことばじゃないですか」

「ばれたかーっ」

「お互い様ですねえ」

「そだねぇ。どっちも、アツマくんみたいなこと言っちゃってる」

 

――すごいな。

会話がポンポン、飛び交(か)ってる。

 

あすかさんが、わたしに眼を向けて、

「川又さん。今夜は泊まるんですよね?」

「敬語じゃなくていいですよ」

「わかった。……川又さん、どの部屋で、寝るつもり?」

「前回と同じで、羽田センパイの部屋で寝させてもらうと思ってるよ」

「……わたしの部屋、来ない?」

「あすかさんの!?」

 

「ふたりは、同い年だもんね。おんなじ部屋で、交遊を深め合うのも、いいことよ」

羽田センパイが、口を挟んだ。

 

「おねーさんがいいとこ言った。

 ――そうなの。わたし、川又さんと、もっとお話したいの」

「わたし、話の引き出し、少ないよ……あすかさん」

「話してれば、引き出しが増えるよ」

 

すごい理屈。

迷っているわたしに、顔を近づけるあすかさん。

彼女はなおも積極的に、

 

「頼むよ。今夜はわたしで、オ・ネ・ガ・イ」

 

じゃあ……そうすると、しようか。

 

「ずいぶん迫ってるね、あすかちゃん」

「――今夜は川又さんは、わたしのものです」

「……」

「くやしいんですか? おねーさん」

「横取りされちゃった気分」

「いまのおねーさん、がっかりモードだ」

「……独(ひと)りで夜を過ごすのか」

「今夜は、ゆずってくださいよ」

「そうする……。

 だって、ここで『川又さん争奪戦』とかしちゃったら、また、あすかちゃんとケンカみたいになっちゃうもんね」

 

「――おふたりも、ケンカになったりするんですか?」

素朴な疑問を、わたしは、投げかけた。

するとなぜか、

ふたりとも、恥ずかしそうな顔になって、会話がピタッ、と止まった。

 

「……つい先日。」

口を開いたのは、センパイのほう。

「ふだんは、ケンカなんかしないんだけどね……。稀(まれ)に」

 

「だけど……仲直りするたびに、いっそう、絆が強くなる」

照れながらも言うあすかさん。

「成長、ってことですよね。おねーさん」

「……まさに。」

 

 

――いいな、こういう結びつき。

まるで姉妹みたい。

 

妹分(いもうとぶん)のあすかさんに、今夜はお世話になるわけだが――、

仲良く、できるかな?

仲良く、したいなあ。

できるだけ、ケンカに、ならないように……。