【愛の◯◯】春から大学生なわたしの平和な金曜日

 

はい!

きょうは金曜日です。

 

「――なんかわたし、今週『出ずっぱり』な気がするな。

 今週はずっと、わたしの視点で進行してるよね……」

「いや、『出ずっぱり』ってなんだよ、『視点』ってなんだよ」

「あっちの話よ、アツマくん」

「あっちってどっちだぁっ」

「アツマくん」

「ん」

「バイト遅れちゃうよ」

「ああっ、ま、まずい」

「……遅刻は、まずいけどさ。

 わたしが作った朝ごはんは……『美味しい』って言ってくれない?」

ち、遅刻するほど美味しいぞぉ、愛よ

「……」

 

× × ×

 

今朝のアツマくんは、慌ただしかった。

 

彼がバイトに出発したことで、邸(いえ)のなかに、平和な静けさが。

 

明日美子さんは、まだ寝てるかな?

 

と、いうわけで、

春から大学生なわたしの平和な金曜日が始まるわけである。

 

× × ×

 

なにをしよっかなー。

やっぱり、読書かな―。

読書は、ひとりでできるもんねー。

 

自分の部屋に戻って、軽く深呼吸して息を整える。

そしてストレッチで肩を軽くほぐして、

机の上の本に、取りかかる。

 

 

内山節『哲学の冒険』(平凡社ライブラリー)。

わたしが、哲学専攻に進路を決めることになった、きっかけの1冊だ。

どんなことが書かれた本であるかは、追い追い……として、

タイトル通り、哲学がテーマの本なわけであるのだが、そんなに難解というわけではない。

平凡社ライブラリーだから、薄くても税別で1000円したけどね。

 

――で、朝から、この『哲学の冒険』をチビチビと読み返そうというわけ。

 

「よし、読書、スタートいたしますぞ」

部屋のなかで、だれにも見られていないから、ヘンテコな口調になって、読書開始宣言をした。

 

× × ×

 

途中でほかの本に浮気しながらも、『哲学の冒険』を中心に、読書は大いにはかどった。

言ってはなんだけど、3時間ぐらいぶっ続けで、机の前に座って休み無しに読書をできる――そんな持久力なら、持ち合わせている。

『3時間も同じ場所に座ってられないし、集中力ももたないよ』

そう、とあるお人が言われていた。

とあるお人、とは……いわゆる『あっちがわ』の人、メタフィクショナルな方面に居(お)られる、『管理してますよ~』的な人なわけでありますが、

脱線!!

……3時間ぐらいがんばってください。

 

 

階下(した)に下りると、明日美子さんが。

「お勉強してたのー? 愛ちゃん」

「読書です。勉強でもあります」

「午前中、ずっと?」

「はいっ」

「――わたしには、まねできないな~~」

「え……」

「わたし1時間も腰据(す)えて読書できないもん」

「え……そんな」

 

明日美子さん……。

出版社勤めだったんですよね? むかし。

本を、作っていたんですよね!?

 

「そうそう、わたし、セミナーの講師頼まれちゃったのよ。人前で話さなきゃいけないんだけど、スタミナ切れないかなあ?? 不安」

「無理に…引き受けなくても…良かったのでは」

あ~ら

 

な、なんですか、明日美子さん、

その余裕に満ちた顔は。

 

「だってぇ、わたしだってぇ、稼ぎたいのよぉ

「稼ぎ、たい……」

ひきこもりみたいじゃん

「そんなことは……」

「どっか出てみたいし~~、ヒッキーのままじゃいられないのよぉ~~

 

『ヒッキー』は……ひきこもりを表す、ネットスラング……。

 

「……明日美子さん」

「なに~」

「元気ですね」

「あら、そう?」

「高校生みたい」

「おおっ」

 

× × ×

 

そのあと、リビングで、流さんといっしょに、お昼のニュース番組を視聴したりしたのだが、泣く泣くカット。

 

流さん、存在感が空気みたいになってて、ごめんなさい。

 

「いつか、埋め合わせないと」

 

午後から、また部屋に戻って、だれも見てないということから、こういうひとりごとを言いつつ、ベッドに着席したわたし。

 

やることがひとつ。

 

ベッドの上で体育座りみたいな体勢になって、スマホをポチポチと操作する。

 

 

「もしもし、ハロー」

『ハロー』

「『ハロー』よりも、『グッドアフタヌーン』だったかしら」

『『グッドアフタヌーン』は、ちょっと長いな』

「たしかに」

『でしょ』

「――なにしてた? さやか」

『なにもしてない』

「合格の余韻に、ひたってたんじゃないのぉ」

『あー、それは…あるね』

「春から東大」

『だね』

「ベッドに寝転んで、ゴロゴロと、東大合格の余韻を味わってたとか」

『犬や猫みたいなことはしないよ。たしかに、嬉しいんだけどさ』

「まーさやかも無事受かってよかったよー」

『…心配だった?』

「しょーじき。ほら、2月の最後の土曜日に、電話したでしょ?」

『したねぇ』

「あのときの、さやかの口ぶりに、ちょっとどころでなく、不安をおぼえたから」

『あー、そりゃごめんごめん』

「手ごたえ、ちゃんとあったのね」

『あったよ』

「東大は、ほかの子も、けっこう――」

『受かってるみたいね。ダメだった子も、そりゃ、いるんだけど』

「そういう子のぶんも、さやかはがんばらなきゃ、だよ」

『わかってる。ダメだった子にも、リトライして、来年は花を咲かせてほしい』

「――ね」

 

「さやかは――やっぱり、天才だよ」

『いきなりなに』

「東大に一発で受かるんだもん」

『努力した結果でしょ』

「…言うと思った」

『あっのっねー、愛。

 天才、ってのはね、愛、あんたみたいな子にふさわしいの』

「理由は?」

『……』

「さやかぁ」

『……』

「さやかぁー、時が止まってるよー」

『……たとえば、東大を、蹴っちゃう、とか?』

「それは不適切よ。国立大学受ける気なかったんだもん」

『でも……東大受かる学力、あったと思うし』

「ホントかな」

『ホントだよ。

 それで腑に落ちないのなら――お料理の天才でしょ? あんたは』

「そーねー、さやかはせいぜい、料理に関しては、埼玉大学レベルだもんね」

こらっ!!

「――まずっちゃったか」

『まずっちゃったか、じゃないっ。不適切、不適切』

「さやかの料理のレベルを大学で示そうとしたら……つい、『埼玉大学なめてんじゃねーよ』的な発言になっちゃった」

『そうだよ、勉強しないとなかなか入れないんだよ、埼玉大にしたって』

「……ごめんなさい」

『もっともっと反省することっ』

「……ごめんなさい、不適切でした」

『危なっかしいよね、あんたは。ちょっとばかし心配になるよ』

「……中日ドラゴンズの応援歌より、ずーーーっと不適切なこと言っちゃった」

『?』

バンテリンドームのマウンドで、炎上してる気分…」

『??』