【愛の◯◯】わたしと『彼女』の身長差は1センチ、『彼女』と『彼』の身長差は13センチ

 

むくりと起きた。

 

あすかさんは、まだグッスリと寝ている。

――早起きすぎたか。

 

適当にスマホをいじって、時間をつぶすことにする。

SNSのタイムラインをぼんやりと眺める。

眺めていたら、

 

#彼との理想の身長差は13センチ

 

とかいう文字列が、眼に飛び込んできた。

 

……なんだろう、このハッシュタグは。

なんの根拠があって、13センチなのやら。

科学的根拠があるとは、思えない。

なにゆえ、こんなタグがバズってしまうのか。

そして、こんないかがわしい情報(?)が気になってしまうわたしも、罪だ。

 

#彼との理想の身長差は13センチ のインパクトがなかなかあたまから離れず、困っていると、

「むにゃ」

ということばを発して――あすかさんが、ようやく目覚めてくれた。

 

「おはよう、あすかさん」

「あ! もう起きてたんだ、川又さん」

「あいにく」

「日曜なのに早起きなんだね」

「そうかも」

「いまごろ、おねーさんが、美味しい朝ごはんを作ってくれてるよ」

「わあ、楽しみ」

 

「川又さん、朝ごはん食べる前に、お願いがあるんだけど――」

「お願い? なあに?」

「――『ほのかちゃん』って、呼んでもいいかな」

 

下の名前で――。

 

「あ、あれ!? ダメだったかな!?」

「ううん」

わたしは首を振って、

「ダメじゃないよ。ごめん、反応が遅くて。遠慮なく、名前で呼んで」

「よかったー。

 わたしのことも、『さん』付けじゃなくていいよ」

「わかった。これからもよろしくね、あすかちゃん」

「こっちこそ。ほのかちゃん」

 

『川又さん』が『ほのかちゃん』になり、

『あすかさん』が『あすかちゃん』になった。

 

ふたりの距離の、短縮。

 

「――せっかくだから、ほのかちゃんに『ホエール君』を紹介してあげるよ」

そう言ってあすかちゃんは、見るからにゆるキャラなマスコットのぬいぐるみを、胸元に抱いた。

「クジラが……吠えてる」

「そ。クジラが吠えてるから、ホエール君、なんだよね」

「吠えてるけど、かわいい」

「ほのかちゃんもそう思ってくれるの!?」

すごい勢いで言ってくるあすかちゃん。

「うん……。かわいいよ」

彼女は、『ホエール君』なるマスコットをスリスリ、となでて、

「わたしの、相棒なの。

 これはホエール君『1号』で、しばらくしてからもうひとつホエール君が手に入って、そのホエール君は『2号』」

「あ、ほんとうだ。もうひとつあるね、ホエール君」

「さわってごらんよ」

 

床に敷いた布団の上にいるわたしの眼の前に、あすかちゃんが、『2号』のぬいぐるみを置きにきた。

「さわっても……いいの」

「遠慮はダメ」

 

――右手で、ふにっ、とホエール君2号にさわる。

 

「やわらかいでしょ。弾力性あるでしょ」

「ホントだ……。こんな手ざわりなんだ」

「ずっとふにふにしていると、気持ちが落ち着いてくるんだよねー」

「整う、ってことか」

「そう! 整うんだよ。ほのかちゃんの言うとおり」

 

これも、癒やしか……。

……クセになりそう。

 

× × ×

 

「気に入ってくれたみたいだから、ホエール君2号は、きょういちにち、ほのかちゃんのものだよ」

 

託されちゃった。

 

あすかちゃんは時計を見ると立ち上がって、

「おねーさんの朝ごはんが出来上がる時間帯だな」

と言い、わたしを見下ろしつつ、

「着替えよっか」

と促す。

 

促されたので、わたしも立ち上がる。

 

――着替える前に、

ひとつだけ、訊きたいことがあった。

 

だから、彼女と向かい合いになって、わたしは訊いてみた、

「あすかちゃんって――身長、なんセンチ?」

と。

 

『#彼との理想の身長差は13センチ』

あのハッシュタグが、まだ脳裏に焼き付いていたのだ。

 

「ん? 155センチだけど」

「そうか――1センチ、負けちゃったな」

「ってことは、ほのかちゃんの身長は――」

「154センチ。」

 

 

……13センチという数値が、もしオカルトでないのならば、

あすかちゃんにとって、理想の彼は、

155プラス13で、168センチ。

そういうことになる。

 

もし、オカルトで、ないならば……だけど。

 

 

× × ×

 

あすかちゃんから少し遅れて、部屋を出た。

そしたら廊下で、羽田センパイの弟さんの利比古くんと、バッタリ出くわした。

 

「あ、川又さん、おはようございます」

「おはようです、利比古くん」

 

あいさつを交わしながらも……、

わたしは考え始めていた。

 

利比古くんは、身長なんセンチだろうか……と。

 

ひょっとしたら。

ひょっとしたら、わたしとあすかちゃんより、13センチぐらい高い背丈なんではないだろうか?

 

そういうよこしまな思いが、芽生えていた。

 

だって……、

たぶん、利比古くんの身長、170センチに、少し届かないぐらいだと思う……から。

 

『#彼との理想の身長差は13センチ』

 

また、脳裏をよぎる。

よぎってしまう。

 

気になって、仕方がないから、

吐き出してみるしかなかった。

 

「あの」

「はい?」

「変なことを、唐突に、訊きますが……。

 利比古くんの身長は、なんセンチですか?」

「ぼくですかー?

 168センチです」

 

「……そうですか。

 答えてくれてありがとう、です」

 

× × ×

 

168センチ。

168センチ。

 

168から13引けば、

155。

 

155といえば、

あすかちゃんの、身長。

 

つまり、

利比古くんとあすかちゃんの身長差は――理想の身長差……!

 

 

わたしとあすかちゃんの身長差は、1センチ。

あすかちゃんと利比古くんの身長差は、13センチ。

……わたしと、利比古くんの、身長差は、14センチ。

 

――こんな、ニアピン賞、

ぜんぜん、悔しくもないし、

ぜんぜん、嬉しくもない。

 

 

ピタリ賞は――紛れもなく、あのふたり。

あすかちゃんと、利比古くんと……。