渋谷駅前。
「ハロー、さやか」
挨拶してから、
「この子が、大井町侑(おおいまち ゆう)」
と紹介する。
侑のほうに向くさやか。ジッと侑の顔を眺めたかと思えば、
「……はじめまして。青島さやかです」
と言う。
侑は右手を差し出しながら、
「よろしくお願いします、青島さん。青島さんは中高生時代の愛の同級生だったんですよね」
さやかは握手に応じて、
「はい。愛の……親友です」
イマイチ煮えきらないさやか。さやかの目線が斜め下向きだったので、わたしは割って入ることにして、
「さやかさやか。今はどんな大学に通ってるのか、言わなくていいの? 学歴自慢よ、学歴自慢」
すると、不平そうな眼でわたしを見て、
「『学歴自慢』だとか、余計なこと言わないでよ」
とさやかは。
「――日本の最高学府なんですよね?」
ほらぁ。侑に笑いながら言われちゃったわよ??
「こ、駒場に留まってるんですけどね」
さやか。それ謙遜になってないから。
「教養学部っていうことですよね」と侑。
「そうです……。著名な出身者としては、東浩紀」とさやか。
これは侑のペースね。侑のペースに呑まれそうで、さやかの眼が泳いでるわ。
× × ×
侑のアパートに2泊3日して仲良くなり、互いに呼び捨てするようになったということを、5月の終わりにわたしのマンションでさやかに打ち明けた。そしたら猛烈な勢いでさやかが食いついてきて、わたしは侑とのこれまでの経緯を詳らかに語らされる羽目になった。
ものすごい勢いのさやかを落ち着かせたあとで、『会ってみたい?』と訊いてみたら、さやかはコクンと頷いたけど、そのあとで『準備期間……欲しいけど』と意味深なコトバを発したのだった。
さやかはわたしが初めて呼び捨てにした女子で、侑はわたしが2番目に呼び捨てにした女子だ。呼び捨てされるのが自分ひとりじゃなくなったという事実が、もしかしたらさやかの中に焦燥感のようなものを産み出してしまったのかもしれない。
× × ×
「――でも、タメ口で喋ってあげないっていうのも、どうなのかなあ」
「!? それどういう意味、愛」
わたしはフルーツタルトに添えられたメロンをフォークで刺しながら、
「ひとことで言えば、さやかは侑によそよそしい」
「なっ」
と言って、さやかは眉間にシワを寄せる。動揺や狼狽寄りのシワ寄せだ。
メロンを咀嚼して、左腕で頬杖をつき、ニッコリニコニコフェイスを作って正面のさやかを眺める。
「青島さん」
わたしの左斜め前の席の侑がさやかに呼び掛けて、
「タメ口も、だけど。わたし、『青島さん』じゃなくて『さやかさん』って呼びたいの。あなたがイヤじゃなかったら、下の名前で」
さやかは、
「だったら、わたしのほうは『大井町さん』じゃなくて『侑さん』って呼ぶようにしないと、釣り合いがとれないし、筋も通らなくなる……よね」
「さやか? どうしてわたしに向かって言うの? タメ口になれないのに加えて、侑の顔すら上手に見られないってわけ」
たしなめられた結果、さやかは侑のほうを向く。顔の動きが「恐る恐る」だったのが難ありだったけど。
「侑さん。なんだか……ごめんね」
「謝る必要ないわよ。さやかさんが謝る理由も思い当たらないし」
「……」とさやか。
本日のイニシアティブを握っている侑の口元がニヤリ、となって、
「一足飛びっていうのも、良いものよね」
「えっ……一足飛び?? 侑さん、なにを一足飛ばすの」
アハハハ。
「あ、愛っ、あんたなんで爆笑して……」
テンパってるわねえ、さやか。
「こういうことよ、さやかさん」
「こ、こういうことって、どういうこと」
「整理してみると、わたしと愛は呼び捨てコンビで、あなたと愛も呼び捨てコンビ。でもって、あなたとわたしだけ呼び捨てコンビじゃない」
さやかが侑の意図にだんだん気づき始める。さすが。賢い。東大生アッパレ。
侑が、やや前のめりに、テーブルの上で両手を重ね合わせつつ、
「呼び捨て『トリオ』ってのも――悪くないんじゃない?」