おれとさやかさんの兄妹ごっこの続き。
おれがさやかさんのことを『さやか』と呼ぶんだから、さやかさんにはおれのことを『兄さん』と呼んでもらうしかない。
…最初は戸惑っていたさやかさんだったが、徐々に、兄役のおれにこころを開き、自然な感じで『兄さん』と呼んでくれるようになった。
「――11時だな、さやか」
「……昼前ですね、兄さん」
「コラッ」
「え、え、」
「『ですね』じゃないだろ~~? タメ口、タメ口!」
「あっ……そうでした、じゃなくって、そうだったね、兄さん」
「ヨシヨシ」
隣り合わせでテレビを観ていたのだが、11時になったので、ソファから立ち上がった兄さん役のおれであった。
立って、おれは告げる。
「さやか。昼飯を作るぞ。もともときょうの昼食当番はおれだったからな」
そしてソファに座る彼女に微笑みかけ、
「さやかも手伝ってくれよ」
「わたしが……?」
「腹、減ってきたろ?」
「……たしかに、お腹はすいてきた。だけど、わたし、料理にぜんぜん自信がなくって」
「なーに言ってんだ」
「に…兄さんの料理のジャマになっちゃう」
やれやれ。
腕を組み、
「また叱られたいのか? さやかは」
「な、なにかマズいこと言ったかな、わたし」
「兄さんの料理のジャマになるとか、言うんじゃない!」
「……」
「手伝ってくれるんなら、怒らないんだけどなぁ~」
「……」
彼女は観念して立ち上がり、
「兄さん……教えてね、いろいろ。」
おーおー。
× × ×
「おまえの包丁の持ちかたは危なっかしいなぁ」
「…ごめん」
「見てろよさやか。…こう持つんだよ」
「…そうなんだ」
「やってみな?」
「……。どうかな、これでいいのかな?? 兄さん」
「んー、80点ってところか」
「合格?」
「及第点ではあるが……せっかくだから、完璧を目指そうぜ」
「わ、わかった……」
× × ×
「こんどこそ、合格だよね、兄さん? バッチリでしょ? この持ちかたで」
「うむ。合格合格。偉いぞー、さやか」
顔を赤らめて、下を向く。
予測範囲内の反応。
「じゃあ、ステップ2だ」
「つ…つぎのステップ、あるんだ」
「あるぞ。…野菜を、切ってみよう」
あらかじめ皮を剥いたジャガイモをまな板に乗っけて、
「さあ、切ってみろ、さやか」
「……無茶振りしてない? 兄さん」
「ジャガイモ切ったこと、ないんか?」
「ある。あるけど……雑な切りかたしか、できない」
「雑でいいからやってみろ」
× × ×
手つきがサマになってねーなあ。
彼女がじぶんで言う通り、雑だ。
「んー、これじゃあ、乱切りっつーレベルにも達してないぜ」
「……」
「不可」
「お手本……お手本、お願いっ」
「ま、おれもせいぜい『可』と『良』の中間レベルってとこだが…」
× × ×
「…どうだ? 食べやすく切れてはいるだろ?」
「…ぜんぜん上手いね、わたしより」
「おっベタ褒めか」
「お世辞なんかじゃなくて。ほんとうに、上手」
「ありがとよ」
「……」
「どした?」
「……がんばろう、って思った」
「なにを?」
「料理も含めて、いろいろと」
「ほう」
「兄さん。――ニンジンも、切ろうよ?」
× × ×
愛を加え、3人での昼食だった。
洗いものも、疑似兄妹コンビで担当。
食器を拭きながら、
「兄さん……。わたし、じつは午後から用事あって」
「あちゃー、もう帰るんか」
「ごめんね。もっと兄妹でいたいのは……山々だけど」
「なにかやり残したことはないかー?」
「……だいじょうぶ。」
「なら、ホントの兄さんと、仲直り、できるな?」
「……できるよ」
「ちゃんと、さやかのほうから、『ごめんなさい』を言うんだぞ」
「……言うよ」
「あと、」
「?」
「――せっかく、立派な大学に通ってるんだから、勉強、ちゃんとやれよな」
食器を拭く手を止め、
おれをまじまじと見る。
15秒、見続けたあとで、
「――ありがとう。全力でがんばる」
「背中、押してるぞ」
「…嬉しい」
× × ×
こうして、さやかさんは去っていった。
玄関近くの広間。
おれの背後から、愛が、
「アツマくん。――いろいろと、言いたいことはあるけれど」
「おぅ」
「アカちゃんに対しては、あんなにタジタジだったのに。さやかに対して、『攻め』の態度を取り続けたのは、どうして?」
「それはな。アカ子さんはさやかさんじゃないし、さやかさんはアカ子さんじゃないからだよ」
「さっぱりわかんない」
「わからんでもいい」
「……。こんどさやかに会うときは、もっと優しく接してあげてね」
「もちろんだ」
振り向いて、愛をジカに見るおれ。
「…どうしたの? いきなりわたしをガン見して」
「いや。
こう思っただけ。
『おまえよりも、さやかさんのほうが、スタイルいいなあ』って」
「…踏むわよ」
「どうぞどうぞ、ご自由に」