【愛の◯◯】北崎先輩が北崎先輩じゃない

 

「羽田く~ん、サッポ◯ポテトは、つぶつぶベジタブル味とバーベQ味の、どっちが好き?」

ぼくを放送部のお部屋に連れ込んだ小路さんが、いきなり訊いてきた。

「…。つぶつぶベジタブル、かな」とぼくは答える。

「エッほんと!?」

眼を見開く小路さん。

「…変かな?」

「変じゃない。だけど、珍しい。ヒジョーに、珍しいっ」

そう言って、小路さんは、サッポ◯ポテトつぶつぶベジタブル味の袋を、急にぼくに投げてくる。

ぼくは慌ててキャッチする。

「じゃ、わたしがバーベQ担当で、羽田くんがつぶつぶベジタブル担当ね」

「担当って」

「今後、ここでは、わたしはバーベQ味しか食べてはいけない。もちろん羽田くんのほうは、つぶつぶベジタブル味しか食べてはいけない」

「あんまり意味のない縛りだね…」

 

「ほんとうに意味のないやり取りですね」

たまりかねた猪熊さんが苦言を呈する。

「茶番を演じすぎです、ヨーコは」

「えー、なにそれ亜弥」

「放送部とサッポ◯ポテトになんの関係があるっていうんですか? ありませんよね??」

「あるわけないじゃん。だから、面白いんだよ」

「わたしにはぜんぜん面白くありませんっ」

「亜弥はマジメすぎ」

「ヨーコがフマジメすぎるんです」

「亜弥~~。わたしのことフマジメって言うの、何度目??」

 

ムカムカと、猪熊さんは小路さんをにらみつける。

 

それから、肩を落とすようにため息をつく。

 

ため息のあとで、

「――さきほど、北崎先輩から、わたしに連絡が来ました。『放送部にお邪魔してもいい?』と。『もちろんいいですよ』とわたしが返事したら、『じゃあ、きょうの放課後、あまり遅くならない時間帯に』というメッセージが返ってきました」

「もうすぐ、北崎先輩も、ここにやって来るってことだね」

猪熊さんに確認するぼく。

「羽田くんにしては、飲み込みが早いですね」

……飲み込みが遅いって認識だったの。

ちょっとショックだ。

 

「……ヨーコ。サッポ◯ポテトにかまけている場合では、ないんですよ?」

「どういうこと? 亜弥」

「あんまりわたしを呆れさせないでくださいよ。あなたは羽田くんよりも飲み込みが早いと思っていたのに!」

猪熊さんは厳しい眼で、

「きょう、3年生にとって、なんの日だったのか――把握していないわけじゃないんでしょう!? ヨーコっ」

「んーーっと」

「自己採点日ですよ!! 自己採点日」

「あーあー!! 共通試験があったからか!!」

 

ほんとに認識してなかったんだろうか……小路さん?

共通試験のニュースなんて、嫌でも眼につくはずなんだが……。

 

「北崎先輩は、共通試験の自己採点を終えたばかりなんです。……わたしの言いたいこと、わかってきましたか?」

小路さんに迫る猪熊さん。

「デリケートだってことでしょ?? 北崎先輩」

猪熊さんに言う小路さん。

「そうです。デリケートな状態であることは、疑いようもありません」

「だから、不用意なことを訊いたりしちゃいけない…と」

「よくわかってるじゃないですか……。

 慎重にお願いしますね。ヨーコも、羽田くんも」

 

× × ×

 

5分後、北崎先輩は部屋に入ってきた。

 

ぼくは、ちょっと緊張。

 

おっはよーございます!! せーんぱいっ

 

『緊張』という2文字が存在しないかのごとく、脳天気に北崎先輩にあいさつする、小路さん……。

なんなんだ、この子は。

 

「……」

北崎先輩は、小路さんのあいさつを、素通り。

あれ??

 

出鼻をくじかれた小路さんは、戸惑いを隠せない顔。

 

ぼくたち後輩の存在を素通りするかのように、北崎先輩はすーーっと部屋の隅のほうに歩いていき、椅子に着座する。

 

「……」

 

虚空を見つめる彼女。

 

不穏なムードが色濃くなる。

 

猪熊さんも小路さんも、心配そうな表情で、部屋の隅っこ座りの彼女を見ている。

ぼくだって心配だ。

 

眼をつぶる。

眼をつぶったまま……1分間近く、なにかを考えているような様子を見せる。

それから、ブンブン…と、首を横に何回も振る。

それからそれから、眼を開いて、「は~~っ」と巨大なため息をつく……。

 

巨大なため息をついたあとの先輩の顔から、

余裕が、少しも感じられない。

ほんとうに、余裕が少しもない。

いつもの北崎先輩では、ありえない。

 

 

「あのっ……北崎、先輩??」

 

恐る恐る、声をかけてみるぼく。

 

ぼくをチラリと見やった、先輩の顔が……、

半泣きに見えてしまって、

からだの芯から……寒くなる。