「昨日夜更かしだったけど大丈夫?? アツマくん」
「どーってことない。普段から鍛えてるからな。少々の睡眠不足もどんと来いだ」
「丈夫なのね」
「おうよ」
「――あなたとわたしは、早起きできたけど」
そうなのである。
葉山むつみは、未だ爆睡中なのである。
ソファ。昨晩おれが掛けてあげた毛布の下で、楽しそうな顔をしてお眠りになられている葉山さん。
「どうしたものかね」とおれ。
「放っておくわけにもいかないし……」と愛。
「起こすか? 安眠してるみたいだから、なんか悪い気もするが」
「起きてもらいましょうか。朝ごはんの準備も始めようとしてることだし」
おれはエプロン姿の愛に、
「じゃ、おまえがソファに行ってきてくれ」
と告げた。
ところが。
「それもどうなのかしら」
……はい!?
「あ……愛よ、おまえが起こしに行かなきゃ、だれが行く」
焦りながら言うおれ。
だったのだが、既視感アリアリの、性格の悪さが籠められた美人顔でもって、
「アツマくんが行ってきてよ」
「ば、ばかじゃないのか」
「ふふっ」
「お、オイ!!!」
愛がキッチンに赴き、卵を割り始めた……!
「わたしは葉山先輩の好物のオムレツを作る。あなたは葉山先輩をどーにかして起こす」
窮地。
× × ×
決めろ、覚悟を。
葉山の扱いには慣れてるはずなんだ、おれは。
……もちろん、寝てるのを起こすのなんて初めてだが。
やれる。上手くやれるはずだ……!
ソファの手前に来た。
まず、『頭頂部をとん、と軽く軽く叩いて目を覚まさせる』という方法を思いついた。だがしかし乱暴な気がして、葉山のリアクションも怖かったので、これはやめた。
次に、『毛布をガバリと剥ぎ取り、その弾みで目覚めさせる』という方法を思いついた。だがしかしこれも乱暴であり、そもそも毛布を取っても目覚めるとは限らなかったので、やめにした。
悩み抜いた。
早くしないと愛がオムレツを焼いてしまう。
だからおれは、安眠な葉山にそろ~っ、と近づき、左肩に右手を乗せて、それからスリスリとさすってみた。
それでも起きない。
今度は、少しだけ勢いをつけて左肩をポーン、と叩いてみた。
そしたら反応があった。
ふるふるっ、とカラダが少し震えたかと思うと、右手が動き、次第に開かれていった眼をこする。
それから約5秒間眼をパチクリさせたあとで、だれかが傍に立っているということに気付いたらしく、緩やかに視線の角度を上昇させていく。
両眼が大きく開かれた途端に、
「ひゃあああああああっ」
という絶叫が、おれの鼓膜を震わせた――。
「葉山」
おれは努めて落ち着き、
「おはよう」
と言ってやる。
「お、お、お、おはよう、じゃ、ないわよ!!!」
葉山は派手にのけぞり、
「戸部くんあなた自分がなにをやっているのか分かってんの」
と悲鳴の如き声を上げる。
「だれが考えたのあなたが考えたってゆーのこんな起こしかた、たぶんあなたなんでしょわたしにイジワルしようって思ったんでしょ、キョウくんに起こされるならまだしも戸部くんに寝込みを、寝込みを……」
「はやまー」
「……」
「残念だがな、愛の発案なんだ。おれがおまえを起こすっていうのは」
「え……」
呆然として、頬を染める葉山。
そして……漂う、オムレツの香ばしい匂い。