「獰猛(どうもう)」という二文字が、きのうの愛にはピッタリだった。
激しく甘えてくるんだからなー。
朝飯のあとで、いきなりグイグイ来やがるもんだから、参った。
……まあ。
あんなに激しく甘えるエネルギーが出てきた、ってことは……愛のやつも、少しずつ回復してきているんだろう。
そんな兆しがある、と……おれは、思う。
× × ×
さて、きょうは、愛の後輩の川又ほのかさんが、邸(いえ)を訪ねてきてくれている。
きのうの愛とは違った意味で……先週の川又さんは、「獰猛」だった。
ピコピコハンマーで、おれを殴り倒してくるんだもんなー。
――もっとも、ピコピコハンマーで殴られまくっても、おれは全然痛くなかったんだけど。
ピコピコハンマーゆえに。
おれに対して不満があるのは理解できたが――ピコピコハンマーでの「お仕置き」は、「お仕置き」の体をなしていなかった。
× × ×
きょうは、どうだろうか。
また、あの娘(こ)に怒られるんだろうか……と思いながら、キッチンをきれいにしていた。
ダイニングキッチンを離れ、リビングに。
すると。
あの娘が――川又さんが、ソファにぽつんと座っているではないか。
「どーしたー?? てっきり、愛の部屋に居るんかと」
「羽田センパイは……眠いそうです」
「あー、昼寝ってか」
「はい……」
なんだなんだぁ。
川又さん、きみ、声のトーンが、思いっきり低いぞ??
「アツマさん」
「おう」
「あっちに……ピコピコハンマーがあるのが、見えませんか?」
「アッ、ほんとだ」
おれがピコピコハンマーの存在に気づくやいなや、彼女はソファから立ち上がり、ピコピコハンマー方面に歩いていく。
それから、ピコピコハンマーを携えて、戻ってきて――ふたたびソファに座り、ピコピコハンマーを右横に置く。
「――もしかして、」
おれは、
「先週の『お仕置き』じゃ――足りなかった、とか、思ってる?」
と尋ねる。
「ピコピコハンマーで、もっとおれを叩かないと、気が済まない――とか?」
言い添えるが、
「……ちがいます」
と…彼女は、うつむいたまま、答える。
そして、
「……逆なんです」
とも。
「逆??」
おれが訝(いぶか)ると、
「わたしがアツマさんを叩きたいんじゃないんです。
むしろ、わたしのほうが、叩かれたい……」
と、川又さんが衝撃発言。
「……マゾ??」
驚きながらおれは訊くが、
「いえ……違います」
と彼女は否定。
「じゃあ、なんなのさ!? ――おれがきみを叩く理由なんて、無いよ」
「いいえあります」
「ど、どんな……」
ピコピコハンマーに、視線を落としつつ、
「先週、暴れすぎでした、わたし。
『痛みで分からせるしかない!!』とか、喚いて。
それで……我を忘れて、アツマさんを、このハンマーで乱打してしまって。
反省……してるんです。
アツマさんだって、つらいはずで。羽田センパイのことで。
なのに、アツマさんのつらさを分かってあげることも忘れて……わたしは暴走して、罵倒して、挙げ句の果てにハンマーを振り回しまくって」
「……や、ハンマーっつっても、ピコピコハンマーだろ?」
「ハンマーは、ハンマーです!!」
「か…川又さん、落ち着こう!?」
「いいえ落ち着きません」
そんな。
収拾が……つかなくなる、悪寒が……。
震える声で彼女は、
「わたし、アツマさんに、汚いことばをぶつけて、挙げ句の果てに、暴力まで……!!
もう……アツマさんに叩かれるしか……やってしまったこと、償えないっ」
と、メチャクチャなことを。
ピコピコハンマーを握りしめ、おれに向かって差し出してくる。
受け取れるわけがない。
受け取るよりも……よりベターな、選択肢……。
「――早くっ。わたしの頭、ピコピコハンマーで、思いっきり……!!」
軽く息を吸って。
それから、中腰になって。
それからそれから、『落ち着けよ』という気持ちを込めた声で、
「そんなこと、できないよ」
と彼女に告げて。
「……どうして……どうして、アツマさん、わたしの頭、ナデナデしてるの」
こうするしか、できないからだよ。
川又さん。
× × ×
瞬時に赤くなった彼女の顔が……「平熱」を取り戻すまで、しばらくかかった。
やれやれ。
やれやれ、だ。