わがスポーツ新聞部部長の戸部あすか先輩は、今週の土曜日、大学の自己推薦入試を受けることになっている。
戸部先輩は部活どころではない……ということで、副部長の加賀先輩を筆頭に、残りの下級生部員で、戸部先輩ががんばっていたぶんを補わなければならない。ボクたちは、そんな心構えだった。
そして、戸部先輩の穴を埋めると同時に、入試に向かう彼女の背中を押してあげよう――ボクたちはそういう気持ちも持っていた。
応援メッセージカードを作ったのである。
ボクと水谷が中心になって考えたプランだった。
加賀先輩と日高を含めた下級生部員4名の想いがつづられた、応援メッセージカード。
いわば寄せ書きのようなものである。
月曜日は、戸部先輩は、チラッと顔見せしただけだった。
もう火曜以降は部活お休みで、こんど彼女が活動教室に来るのは、たぶん来週明けだろう。
……そう予想した。
きょうは、火曜日。
彼女は部活に来ないと踏んで、応援メッセージカード代表者のボクは、彼女の教室まで出向き、カードを手渡しすることにした。
ところが。
× × ×
「え? わたしきょう、バリバリ部活するつもりだったんだけど」
そんな。
「もしかして……戸部先輩、金曜日まで、部活に来るつもりなんでは」
「よくわかったね、会津くん」
「……きのう、顔をチラ見せしただけで帰ったのは、なんだったんですか」
「諸事情で」
「諸事情って……」
教室の入り口で、うろたえ気味に、ボクは、
「応援メッセージカードというものを作ったんですけど……」
「わたしの受験の!? うれしい~~」
「戸部先輩が受験の前日まで部活に来るなんて、思ってもみなかったので」
「それでここまで来たってわけだ。ごめんねえ、手間かけさせちゃって」
「とりあえず、渡しましょうか、メッセージカード」
「ちょうだいちょうだい」
「……はい」
「ありがとう。わたしの部屋に、飾っておくよ」
……こういうやり取りのあとで、彼女といっしょに、活動教室まで歩いていく。
なんかヘンな感じである。
× × ×
ものすごい勢いでキーボードをタイプしている戸部先輩。
記事を書きまくっているのだ。
「受験など、どこ吹く風……って感じですね」
と思わず言ってしまった。
「無理ないか、そういうふうに言われちゃうのも」と戸部先輩。
苦し紛れにボクは、
「よ、余裕があって……悪くはないと、思われます」
「おもしろ語尾だね会津くん。思われます、って」
「すみません……おもしろ語尾で」
――戸部先輩の余裕たっぷりの微笑みが、炸裂する。
「会津くん、キョドってる、キョドってる」
日高がちょっかいを出してくる。
「うるさい日高っ。じぶんの作業に集中しろ」
「キョドり顔、キョドり顔」
「日高ッ!!」
怒っても、素知らぬ表情。
いけ好かない……!
加賀先輩に、ピコピコハンマーで、日高を懲(こ)らしめてほしい。
ちょうどよく、加賀先輩のそばの机に、ピコピコハンマーが置いてあるのだ。
「加賀先輩。日高を『教育』してください」
「『教育』? どういうこった」
「ですから、そこの、ピコピコハンマーを、活用して……」
「お仕置きするなら、おまえがやってくれよ、会津」
彼はすっく、と立ち上がり、
「おれは取材行くから」
え!?
加賀先輩が……じぶんから、取材に行こうとしている……!!
「……驚きました」
言ってしまうボク。
「驚く必要あるか。あすかさんに頼ってられないだろ? 今週は」
そのとおりだ。
そのとおりなのだが……加賀先輩らしからぬ正論で、たじろぐ。
「日高の教育係はおまえだよ、会津」
そう言って、ピコピコハンマーをボクに譲渡し、自らは教室出口に向かってずんずんと歩いていく。
いつもの気だるげな様子とは真反対の……背中だった。
「会津くん、あたしをピコピコしたいの?」
「……どうするかな」
「あたしが、からかったのを謝ったら、ピコピコしないでくれないかな?」
ピコピコハンマー片手に、伏し目がちになってしまうボク。
「――ゴメンね。キョドってるとか、言いまくっちゃって」
「……もう、怒りは、8割冷めてるから」
「じゃあ、ピコピコは無しでオッケーだよね??」
ボクは……、
無言で、日高の頭頂部を、ピコっと優しく叩いた。