どうも皆さまおはようございます。お元気でしょうか?
わたし、蜜柑と申します。
アカ子さんのお邸(やしき)で、住み込みメイドをしている者でして……このブログをずっと読まれているかたなら、わたしがどんな住み込みメイドか、把握しておられるものと思っております。
――お初にお目にかかるかたのために、自己紹介が必要でしょうか?
――ではいちおう。
永井蜜柑(ながい みかん)と申します。
『永井』は、実の両親の苗字なのですが……両親は、わたしが物心つかないころに、わたしを捨てました。
……重いですね。重すぎますね、この話題。
気を取り直して――。
わたしは、20代前半、もちろん独身です。
身長は168センチ、知り合いに『モデル体型だ』とかよく言われます。
……独身、と申しましたが、これまで、けっこうな人数の『殿方(とのがた)』と、交際させていただいてきました……。
ですけど、それがどうしたんですか、って話ですよね。
ですよね?
ですよね!? ――めっきり出逢いも、減ってしまったんですし。
このまま出逢いのないままに、歳を重ねていくのかな、とか思っていたんです。
ところが……。
新たなる『殿方』が、わたしの眼の前に、現れてきたんです。
いいえ、『殿方』と呼ぶのは、彼に対しては、いかにも仰々しすぎるんですよね。
彼は、年下の、男の子で――。
――『年下の男の子』っていう歌謡曲が、ありませんでしたっけ? たしか、キャンディーズの曲で……。
× × ×
朝の清掃も終わり、自室で、『そのとき』を待っておりました。
机に両手で頬杖をついていると、お嬢さま(アカ子さん)が、ドアを3回ノックしてきました。
『蜜柑、もうすぐよ? ムラサキくんが来る時間』
ドア越しにそう言われ、緊張感が高まります。
『身支度したかしら?』
わたしは答えます。
「バッチリですよ」
『じゃあ見せてちょうだい』
「承知しました」
ドアを開け、お嬢さまと向かい合います。
「あら、ほんとうにバッチリね」とお嬢さま。
「メイド服が、ピカピカだわ。――気合い入ってるのね」
「……」
「なにか言いなさいよ」
「い、いえ、少し緊張していて」
お嬢さまはイジワルに、
「あがっちゃダメよ? ムラサキくんの前で」
「あ、あがりませんとも……」
× × ×
1階のリビングで、ムラサキくんに、紅茶を提供しようとしています。
ティーポットを持つ手が、少し震えます。
「どうぞお飲みください……ムラサキくん」
「ありがとうございます。いただきます」
ムラサキくんは上品に紅茶を飲んで、
「わーっ、とっても美味しいです。なんというか、すごく味わいが深くて」
と喜んでくれます。
「ちょっと、時間がイレギュラーでしたが……いま、午前の11時台ですし」
「え? なんでそんなこと気にしてるんですか、蜜柑さん。何時に飲んだって、美味しい紅茶は美味しい紅茶じゃないですか!」
ムラサキくんは、明るくそう言います。
彼のポジティブさに……なぜか、こころが揺さぶられます。
「イギリスにそういう習慣があったんじゃなかったかしら? 11時ぐらいに紅茶を飲むっていう」
「お嬢さま……確かな情報なんですか? それは」
「どうだったかしらね。こんど、調べてみる」
「WEBで?」
「わたしがWEBなんか頼るわけないでしょ。GoogleやWikipediaにおんぶにだっこのあなたとは、違うのよ」
「いつもながら、ひどい言い草を……なぜ、お嬢さまは、そんなに攻撃的なんでしょうか!? もっと、こう、おしとやかに……」
「蜜柑のせいもあるのよ?」
「他人のせいにしないでくださいっ」
「気のおけない関係だから、あえて責任を転嫁(てんか)したりするの」
「もうちょっとわかりやすくおっしゃっていただけませんか……」
わたしに取り合わず、お嬢さまは、
「ごめんなさいねムラサキくん。ついつい蜜柑とやり合っちゃって。置いてけぼりにしてしまったわね。――悪いのは間違いなく蜜柑のほうだけれど」
「お、怒りますよ!? おじょーさま」
「わたしに負けず劣らず短気なのねぇ」
「べつに短気でもなんでもありませんっ!!」
――ふと、ムラサキくんが、
「ほんとうに仲良しなんですね、おふたりは」
と言ったから、ドッキリとします。
ドッキリとするわたしとは対照的に、お嬢さまは得意げになって、
「長い付き合いだから、こうやって口ゲンカするのも、仲良しのスパイスよ」
なに言いますかっ。
――ムラサキくんは、つぶやくように、
「スパイス、ですか」
お嬢さまはテンション高く、
「そうよ。スパイスと言ってもいいし、潤滑油(じゅんかつゆ)と言ってもいいし」
「長い付き合い、なんですよね……いったいいつから、おふたりはこの邸(いえ)で、ごいっしょに……」
「ムラサキくん、敬語はやめましょうよ。敬語をやめてくれたら、答えてあげる」
……馴れ馴れしくないですかお嬢さま?
彼と同い年だからって。
「わかった。これからは、タメ口で行く」
「素直で最高ね、あなた」
お嬢さま……!
「――蜜柑とは、わたしが赤ちゃんのころから、いっしょなの」
「へぇ~~っ! そうなんだ。それなら、ホントの意味で、家族だねぇ!!」
「そうよ、家族よ」
社長令嬢らしからぬ、ニヤけた顔で……彼女は、
「ずっといっしょに育ってきたから……どんなことでも、知ってるわ」
「蜜柑さんのことを?」
「蜜柑のことを! ……そうねえ、ムラサキくんには、なにから教えたらいいかしら」
逃げたくて、
「わ、わたし、スコーンを焼いていたのを、忘れてまして……」
「下手なウソつくんじゃないの、蜜柑」
「ほ、ほかにも焼き菓子の、ストックが……」
「苦し紛れはやめなさいよ」
「だって……!!」
「そうだわ! これを教えましょう」
「『これ』って……もしや」
にっちもさっちもいかないわたしを放ったらかして、にっくきお嬢さまは、ムラサキくんのほうに顔を向けつつ……、
「蜜柑ってね、反抗期がスゴかったのよ」
「おじょうさまあっそれだけはヤメてえええええっ!!!!!」