【愛の◯◯】バッセンも、サリンジャーも

 

レポートを提出し終わったので、後期も終了!!

やった~~。

 

学生会館へと入っていき、エレベーターで5階まで上がり、わたしのサークルの部屋に行く。

扉を開けたら、

「脇本くんだ」

同学年の脇本くんだけが在室だったのである。

「やあ羽田さん。あいにくの雨だね」

きちんと今日の天気のことに触れて、日常会話をしてくれる脇本くん。

偉いわ。

天気のことなんか少しも話す気が無い男の子が少なくない中で。

具体的にどこのだれが天気のことに無関心なのかは、プライバシーを尊重して明かさないことにするけど。

「そうね雨ね。いつまで降り続くのかしらね」

「小雨で良かったよね」

「そうよ小雨でなによりよ。せっかくの新品の上着が濡れちゃったら台無しだもの」

そう言いながらサークル室の奥のほうへ歩き、幹事長職にある人間が座ることになっている席へとつく。

背後には窓。小雨の柔らかな音。

脇本くんは週刊少年チャンピオンのバックナンバーを読んでいた。

チャンピオンのバックナンバーが読める余裕があるということは、

「脇本くんも、レポート出し終わったのね?」

「終わったよ」

「ご苦労さま」

「羽田さんも出し終わったんでしょ?」

「もちろん」

「お互いご苦労さまだな」

「そーね。わたし、間違いなくフル単だし」

脇本くんは苦笑しながら、

「きみらしいなあ、そういう自信満々は」

「そーでしょ」

とわたしは言い、

「昨年度の自分とは、まるっきり違うんだから」

と言い、

「2年生のときはゼロ単だったけど、今年度はフル単確実」

と、やや自虐的なニュアンス混じりのコトも言ってしまう。

脇本くん、困惑。

わたしの2年生時の絶不調ぶりを知っているから、困惑。

「ごめんごめん」

すぐに謝って、

「つらい過去にはフタをしておかないとね」

と言ってから、

「幹事長であるわたしの、つらい過去のフタが開きそうになっちゃったときは……副幹事長であるあなたに、助けてほしいかな」

 

× × ×

 

脇本くんを信頼しているからこそのお願いだった。

 

さて。

今はもうマンションに帰っていて、夕ごはんタイム。

小雨はようやく止みそうになってきている。

メインおかずのひとつに、イカとホタテの刺身。

アツマくんはよっぽどイカの刺身が好きらしく、わたしの2倍の量のイカを食べている。

「サークルのことなんだけどね」

わたしは話し出す。

「去年の秋からわたし、幹事長なわけなんだけど。来年度はたぶん、1年間まるまる幹事長を務めることになると思うから。いろんな『企画』も練り始めてるのよ」

「『企画』? たとえば」

「サークル内サークル」

「というと」

「『バッティングセンター特訓組』」

「なんだそりゃ」

「鍛え上げたい会員を、バッティングセンターに連れて行って育成するの」

「育成するんかいな」と、半分呆れ笑いのアツマくん。

半分呆れ笑いになったので、すかさずホタテの刺身を彼の皿から強奪する。

「ホタテ奪いやがって」

「ホタテはプロテクト漏れだったのよ」

「隙(スキ)あらば野球関連の時事ネタか」

「わるい!?」

「わるくない。だが、野球の話題っつーものは、案外デリケートな要素も含んでるし……」

「あなたも『バッティングセンター特訓組』の一員に加えたくなってきたわ」

「おれ、部外者」

「いいでしょバッセンについて来るぐらい!! インカレよっ!!」

「おれは社会人だから、インカレにならない」

不満でパンパンのわたしは、

「……わたしより『飛距離』長いくせに」

「まあおまえよりは『飛ばせる』わな」

「某バッセンでは、あなたの記録が未だにダントツのトップで」

「くやしいか」

「7割、くやしい。残りの3割は、リスペクト」

「おっ」

 

どうしてなのかは分からないが、話がなかなか進展しない。

食べ終えたわたしはわたしの食器をガチャガチャ洗う。

バッティングセンター関連の話を引っ張るのは諦めた。

 

サークルのことからは、逸れていくテーマだけど……。

「ねえアツマくん」

「どした? 食後のコーヒー飲まんでいいんか」

「コーヒーより優先させたいコトがあるのよ」

「なに」

「あのね」

席に戻って、右腕で頬杖をついて、

「たまには、わたしと一緒に、『お勉強』してくれないかしら?」

と優しく言ってみる。

「『お勉強』?? 繰り返すが、おれは社会人……」

「なんにもわかってないのねえ」

「んん」

「社会人だからって、学ばなくてもいいわけじゃないのよ」

「学ぶって……どんなことを、どんなふうに」

「あなたは知ってるでしょ? サリンジャーの『フラニーとゾーイー』っていう小説が、わたしの愛読書なことを」

「知ってるが」

「今からあなたには、『フラニーとゾーイー』を原語で読んでもらうわ」

「原語!? ってことは、英語で読め、と!?」

「なーに派手にうろたえてんの」

あなたが大学では英米文学専攻だったことが念頭にあるのよ。

大学時代と社会人の現在(いま)が地続きであるからこそ、『フラニーとゾーイー』を原語の英語で読ませるの。

『強制するのはやめてくれ』なんて、絶対の絶対に言わせない……!!