【愛の◯◯】日暮さんは丸まり、わたしも丸まる

 

漫研ときどきソフトボールの会』3年の日暮真備(ひぐらし まきび)さんは、サークル部屋で眠るのがお好きだ。

 

きょう、サークル部屋に入っていくと、日暮さんただひとり、隅っこのソファで眠っていた。

小さく、丸まっている。

カワイイ。

起こすのがもったいない気がする。

日暮さんがお眠り中のソファ近くの椅子に座る。

彼女を、しばらくジットリと眺める。

 

久保山幹事長、入室。

「羽田さん……教えたよね? 真備の、起こしかた……」

「ハイ、知ってます。でも、起こしたくなかったんです」

「そ、そうなんか」

 

わたしは日暮さんを眺め続ける。

久保山幹事長も、日暮さんを見ている。

 

頃合いを見計らって、

「幹事長」

「…うん」

「そろそろ、起こしましょうか、日暮さん」

「…だな」

「わたしが、やります」

 

立てかけてあったバットを持ち、

日暮さんの真横で、床をこん、と軽く叩く。

ぷるっ、と小さく震えたかと思うと、彼女はゆっくりと眼を開いていく。

 

「……オッハー、羽田さん」

「オッハーです、日暮さん」

「9月も終わりだねぇ」

「そうですね。あしたから10月ですね。まだちょっと信じられないです」

「わたしも~~」

 

ぴょこん、と起き上がる日暮さん。

 

× × ×

 

わたしは大江健三郎の小説を読み、久保山幹事長は週刊少年チャンピオンを読んでいた。

 

大江健三郎には目もくれず、久保山幹事長のお席に近づいて、

「クボ、クボ、」

と2回あだ名呼びする、日暮さん。

「――なに?」

訝(いぶか)しむ幹事長に、

週刊少年チャンピオン読ませてよ」

「――なぜ、雑誌名をフルネームで言った」

月刊少年チャンピオンもあるでしょ」

「それは、そうだけど……」

「とにかく、読ませて」

「まだ読み切ってない」

「クボ、遅くない!? 漫画読むの」

「う、うるせぇよ」

「遅いよ、ぜったい」

「決めつけんな、そんな決めつけすると、読ませてやんないぞ」

 

一気に悲しそうな顔つきになる日暮さん。

どこまで……本気で、ショックを受けてるのかしら??

 

「そ、そういうリアクションはやめよーな、真備」

「……」

「おい」

「クボは……わたしを、泣かせる気?」

「ほ、ほ、本気で悲しんでるわけじゃなかろう!?」

「だって……だってさ……」

「なんだよ、なんなんだよ」

「木曜っていったら……チャンピオンじゃん?」

「……まあな」

「チャンピオンっていったら……木曜じゃん」

「……まあ、そうともいうが」

 

泣き落とし(?)に負けたのか、久保山幹事長はとうとう、日暮さんにチャンピオンを明け渡すのだった。

 

「手があいてしまった」

「やさしいですねえ、幹事長は」

「エッ羽田さんどういうこと」

 

「……」とあえてわたしは、なにも言わない。

 

× × ×

 

久保山幹事長って、

外見に似合わず、

案外に、モテるタイプ。

たぶん、そうだ。

 

× × ×

 

夕食後、アツマくんの部屋。

 

「――それでね、幹事長が、『鉄鍋のジャン』って漫画について話してくれたのよ。さながら講義、って感じだった」

「……愛よ」

「なあに?」

「愛、なんでおのれは、ベッドでそんなに丸まっているのか」

「あー、これ? 日暮さんのモノマネよ」

「日暮さん……?」

「ちょっとちょっと、アツマくん、記憶力なさすぎじゃない!?」

「は」

「サークルの先輩よ。あなたに話したことあるでしょう」

「あったかな」

「忘れたのなら、いまここで記憶に定着させて。

 日暮真備(ひぐらし まきび)さん。

 3年生の女子。あなたと同学年ね。

 岡山県倉敷市出身。

 身長150センチぐらいで、いくぶん小柄。

 漫画を読むのと同じかそれ以上に、眠るのがお好き――」

 

仏頂面のアツマくん。

 

「――おぼえてくれたかしら?」

「――おぼえきれん。情報が多くて」

 

ちょっとぉっ。

 

「おぼえるのを、あきらめないで、アツマくん」

「や、あきらめるなと言ったって――」

「わたしが、このままベッドで丸まり続けててもいいの!?」

「…かな~り意味がわからんぞ」

「あなたの寝場所を盗(と)っちゃうわよ」

「困る、それは」

「じゃあ日暮さん情報をあたまに叩き込んで」

 

予想通り、耳を貸すことなく、

「あーのーなー」と呆れ気味に言って、

丸まり状態のわたしに近づいてくる。

 

「起きてくれ、愛」

「プイ」

「『プイ』を声に出すな」

「……」

「おい」

「なにがなんでも、起きてほしい?」

「本音を……言わせてもらえば」

 

思惑通りだ。

 

わたしは、

「わかったわよ」と言った瞬間に、

身を起こし、彼に抱きつき、

ベッドに抱き寄せて、ぎゅぅーっとひっつくのだった。

 

「お、おい!!」

「アツマくん――単純ね、あなた。」

「単純ってなんだよ、意味不明な行動に、言動……」

「不純? わたし」

「不純だっ」

「――金曜日になるまで、あなた、離さない」

不純!!

「ぎゅ~~っ」

「……チクショ」