とある『事件』があって、気持ちがゾワゾワしている。
ゾワゾワしたまま、逃げ込むように、学生会館に入った。
そしてサークルのお部屋に入った、
のは、いいのだが……。
× × ×
「羽田さん、なんか…イライラしてる?」
「――えっ!?」
脇本くんにドイツ語を教えていたら、
思わぬ指摘をされた。
「べ、べつに、普通だわ、わたし」
「そうは思えないよ」
「……」
「ギスギスしてる、というか……しゃべることばが、とんがってる感じ」
そんな……。
動揺してるから、
ことばのトンガリも、自覚できなかったのかしら。
でも――落ち着きたくても、やっぱり、落ち着けなくって。
「――いったん、ドイツ語は、休憩にしましょうか」
「それがいいよ、羽田さん」
おもむろに、席を立って、
「わたし……漫画でも、読むよ」
漫画本が敷き詰められた本棚から、
『読みたい』と思っていた作品の単行本を抜き取ろうとする。
…抜き取ったはいいのだが、
手が震えて、単行本を『お手玉』するみたいになって、
取り落してしまう。
あわてて取り落した単行本を、拾う。
そこに、近くに座っていた有楽(うらく)センパイが、
「……だいじょーぶ? 羽田さん」
「て、手もとが狂っただけです」
強がるが、
「なーんか、せわしない、というか、冷静さ欠いてる、というか」
うぐぅ……。
「わたしも同感よ、羽田さん」
こんどは、背後から、大井町さんが……。
「羽田さんあなた、いつもと違うわよ?」
「い、いつもとちがうって、どーゆーいみかな」
「あなたがあなたじゃないみたいじゃないの」
「どっどーして、そーおもうの…?」
「…きっと、なにかあったのね。
こころを揺さぶるような、思いがけないことが……」
大井町さん――、
なんでそんな、鋭いの。
……せっかく抜き取った漫画単行本を、本棚におさめ直し、
「脇本くん……ドイツ語の続きは、また今度ね」
「帰るの? 羽田さん」
と訊く脇本くんに、
「ごめんけど……きょうは、早めに。」
脇本くんは、穏やかに、
「たぶん、それがいいよ」
「……ごめんねっ」
× × ×
帰宅したは、いいものの。
「なんだよ、『ぜんぜん余裕ありません』、って顔してんじゃねーか、お前」
「…さすがにわかるのね、アツマくん」
「わかるさ。…なにがあったのさ、大学で」
「その話は……、あなたの部屋で」
× × ×
なかなか、きょうの『事件』のことを、切り出せない。
「おれの部屋入ってから、クッション抱きしめてばっかで、なにもしゃべってねーじゃねーか」
「……」
「どーせ、ふたりきりなんだからさ。邪魔はないんだから、遠慮なく話してくれーや」
「……そうよね」
クッションを、そこらへんにポーンと放り投げ、
「……由々しきことがあったの」
「ほお?」
「きょうね、
きょう……、
だ、大学のキャンパスを、あ、歩いていたらっ、」
「――男が、寄ってきた?」
「…ズバリ。アツマくん――大正解」
「ナンパされたか、とうとう」
「とうとう……されちゃったのよ」
「ショックだったんだな」
「ショックが、尾を引いてる」
「でも、やっつけたんだろ? その、ナンパ男は」
「……威嚇(いかく)するように、睨(にら)みつけて、
『わたし、とっくに彼氏がいるんですけど』
って、攻撃的な口調で言って」
「そいつは、それで、引き下がってくれたんか」
「殺気を感じ取ってくれたんじゃないかしら?
これ以上怒らせるとマズい…と思ったのか、後ずさりして、それから逃げてった」
「…そいつも勇気、あるわな」
「わたしが強い態度に出たら、日和ったけどね」
「で――イライラ、ピリピリしたりして、余裕がない状態である、と」
「いらだち、というよりは――心拍数が上がって、冷静になれなくって」
「ナンパショックの反動、ってやつか」
「サークル、行ったんだけど……変な態度を、見せちゃった」
「後悔?」
「後悔。ナンパ事件ぐらいで、じぶんらしさを無くしてた、じぶんが――悔しくって」
「まあ、ナンパに遭遇したのは、初めてだったんだもんな」
「そうよ。初めて、だったから」
「――おまえは、見てくれが、いいから」
「と、唐突に、なにを??」
「今後も、ナンパ野郎に出くわす可能性は――じゅうぶんにある」
「……」
「そういうときの、対処法なんかも、考えておかんとなあ」
「……それで?」
「――先のことは、先のことだ。
どうしてほしい? いまは」
「どうしてほしい、って」
「平常のじぶんに、戻りたいんだろ。余裕、取り戻したいだろ」
「――うん。」
「なんでも、言えよ。おれに出来ることだったら、なんでもする」
「……、
どうしようかしら」
「ちぢこまってちゃ、元通りには、なれないぞ?」
「…そうよね。わたしらしいわたしに、戻っていきたい――」
「恒例のスキンシップはどうだ」
「んん……」
「ひっついたら、落ち着くだろ」
「たしかに…」
「おまえの性質はわかってるんだから。おれにひっつくのも、有力な『解決策』だぞ?」
「…そうね。
スキンシップは、する。
それに加えて、さらに――」
「?」
もうすっかりおなじみのパターンで、ベッドに座るアツマくんの真横に行き、
腕と腕を絡ませつつ、肩と肩をくっつける。
だけど――それで終わりじゃ、ない。
「こんな夜は、夜ふかしだよ――アツマくん」
「おれの部屋で、夜ふかしすると?」
「そう。いろんなこと、ふたりで、したい――」
「妙な理屈だな」
「理屈なんて、はじめっから、ないわよ」
「――あっそ」
「冷たいリアクションはやめて」
「――はいはい」
「…あなた、なんでもしてくれるのよね!?」
「するぞ。なんでも」
「だったら、ほんとうに、わたしがお願いしたことは、なんでもしてよね!?」
「ああ。
――で、最初のお願いは??」
「…文字数と時間の都合でカット」
「おいっ」
「ブログで言うのも…はばかられる、というか。きわどすぎる、というか」
「おおいっ」