日曜のお昼前。リビング。
ぼくの右斜め前には利比古くん、ぼくの左斜め前にはあすかちゃん。
スポーツ新聞をテーブルに置いたあすかちゃんが、
「利比古くん」
と呼び掛けて、
「タブレットを置きなさい」
と命令。
『置きなさい』。強制力強めな言い回しだ。
「タブレットを置かせて、なにがしたいんですか?」と利比古くん。
「コメントを要求したいの」とあすかちゃん。
「コメント?」と利比古くん。
「そーだよ」とあすかちゃん。
「いったいどんな……」
と言いかける利比古くんに、
「わたし、日曜朝のテレビ番組についてのコメントを要求する」
利比古くんは困って、
「ザックリし過ぎじゃありませんか!? 日曜朝のテレビ番組は山ほどあるんですよ!? もっと焦点を絞って……」
「絞るのヤダ」
たはは……。
あすかちゃんも、利比古くんを困らせるのが大得意だな。
彼女はぼくのほうを指さし、
「流(ながる)さんにも解(わか)るようにコメントして」
「ぼく、『焦点を絞ってください』って言ってるんですけど」
「問・答・無・用」
「そんなぁ」
利比古くんの大変さに同情するぼく。
しかし、彼は知識を振り絞って、日曜朝のテレビ番組について語り始めていくのだった。
5大キー局それぞれの日曜朝の番組の『現状』について喋っていく。
必然的に彼の『テレビ語り』は長大になっていく。
テレビ東京系の日曜朝の子供番組について熱く語ろうとしていた利比古くんだったが、
「ストップストップっ」
とあすかちゃんからストップがかかり、
「長々と喋り過ぎだよ。お腹がすいてきちゃうよ」
しかし利比古くんはあすかちゃんに対しニコニコと、
「ぼくの話、面白くなかったですか?」
「面白く……ないわけでは、なかった」
あすかちゃんは少しうつむいて、
「でも、お腹はすくの」
利比古くんはすぐに、
「『働かざる者食うべからず』ってことわざは、あすかさんもご存知でしょう」
「ご存知だよ」
「そんなにお腹がすくのなら、アルバイトして、稼いだお金で美味しいものをお腹いっぱい食べたらどうなんです?」
利比古くんの無茶振り。
あすかちゃんが一気にキレ出すんではないかと心配になった、のだが、
「脈絡なくジョークみたいなこと言わないでよね……。ほんとにもう」
と彼女は静かに言い、なおかつ、優しげな表情になるのだった。
× × ×
あすかちゃんにはちゃっかり『流さん、いいバイト知ってたらジャンジャン教えてください』と言われてしまった。
ふたりはリビングを去っていった。
ぼくひとりだけリビングに。
テーブル上のスポーツ新聞に眼を通す。
それから無造作にテーブル上に置かれていた某新聞を手に取り、日曜のテレビ欄の午前中の部分を眺めていく。
長年変わらない番組もあれば、聞いたこともない新しい名前の番組もある。
某新聞を置き、ソファの背もたれに背中を密着させる。
高い高い天井に眼が行く。
ぼくは視線をやや下げて、軽く腕を組む。
……あすかちゃんは、利比古くんに無茶振りされても、怒(おこ)り出さなかった。
これまでの彼女は、彼に対してすこぶる攻撃的だったのに。
攻撃的であるどころか、穏やかな言葉遣いで、優しい顔をしていた。
変化?
あすかちゃんの、利比古くんに対する態度が、変化した?
ぼくは彼女が中学校に上がる前から、長年彼女を見続けてきている。
そのあいだ彼女にはいろいろなコトがあって、そのたびに感情の浮き沈みを態度に見せていた。
その積み重ねによって、ぼくは、彼女の割りと細かな変化も敏感に感じ取れるようになってきていた。
なにがあったというのか。
利比古くんに優しい、あすかちゃん。
その、優しさの……理由は。