小泉小陽(こいずみ こはる)さんとビデオ通話している。
4月から教師になる小泉さんが、
「わたしが着任する泉学園って、利比古くんが卒業した桐原高校と、交流関係があるじゃない?」
「ありますね」と答えたら、
「桐原と関わる機会が、けっこう多くなるのかも、わたし」
「放送部の引率で桐原まで行ったりとか……」
「そーいうことだね。桐原(そっち)の放送部もなんだか面白いんでしょ?」
「まあ……賑やかですよね」
「今の時点で楽しみだ」
小泉さんはニッコリと笑う。
それから彼女はニッコリを持続させて、
「利比古くんの大学の入学式は明後日だけど」
「そうですね」
「……フフフ」
「ど、どうしましたか?」
「あのね、利比古くんは大学に入ってからも絶対絶対、モテモテなんだろうなあ……って」
えぇっ……。
なんですかぁ、それ。
大学に入って「からも」という表現に、小泉さんのイジワルな意図が……。
「ちゃんとしないとダメだよ」
彼女はそんなことを言う。
「目的語もお願いしますよ。『なにを』ちゃんとすればいいんですか」
「ほう」
「こ、小泉さんっ」
「きびしいねえ、きみも」
……厳しくなりますって。
× × ×
ビデオ通話は終わった。
ぼくはぼくの部屋を出た。
そして階段を降りた。
リビング。
広大な空間が静まり返っていた。
姉とアツマさんが「ふたり暮らし」のマンション住まいになって、お邸(やしき)の居住者が減った。
6人から4人に減ったことで、お邸が前よりも静かになった。
この静かさが、寂(さみ)しさに転化するかどうか……。
たとえ寂しくなったとしても、その寂しさに立ち止まってはいけないんだ……と思ったりもする。
『なんでそんな難しい顔になってんの? 利比古くん』
あっ。
いつの間にか、あすかさんが来ていた。
「すみません。考えごとを少し」
「邸(ウチ)のこれからのことを考えてたんでしょ」
「どうしてわかるんですか」
「おねーさんと兄貴が巣立った余韻が、まだ残ってるし」
「巣立った余韻……」
「わたしの言ってること、難しい?」
訊くあすかさん。
答えあぐねてしまうぼく。
そんなぼくに、あすかさんは腕組みしながら近づいてくる。
「わっかんないかなぁ。わっかんないんだねぇ」
なんですかその口調。
「ま、利比古くんも精進だよ」
精進??
ちょっと意味不明瞭では……。
ぼくの眼の前で立ち止まり、腕組みをほどき、視線を合わせてきて、
「わたし思いついた」
「なにを……?」
「あなたのお姉さんの口調になってあげよーか」
え!?
姉の……口調!?
Why!?
「あ、あすかさんの意図が……ぼくには」
「おねーさん居なくてわたし寂しいけど、利比古くんはもっと寂しいんじゃないの??」
「が、我慢できますよっ、ぼく」
「あなたに強い忍耐力があるようには思えないよ」
「あすかさん……」
「わたし、おねーさんのモノマネ、割りと得意だし」
どこからそんな自信が……??
「寂しさを紛らしてあげるわよ、わたしが」
も、もう口調のモノマネが始まってる!?
「わたしだって、利比古くんより年上なのよ? あなたのお姉さん役の責務を果たしたいのよ」
たしかに、姉の口調の模写……割りと上手かもしれない。
「ボーッとして立ってるのは、良くないわよ?」
たしかに……そうですね。
「ソファに座って、一緒にテレビでも視(み)ましょうよ」
「あすかさんと、ですか?」
「他にだれも居ないじゃないの。あなたも要領悪いわね」
「要領は悪くないです……そんなに」
「あらぁ」
「……」
「口答(くちごた)えだなんて、珍しいわねえ」
……ぼくは先回りして、特大液晶テレビの前のソファに向かう。
姉模写モードと化したあすかさんは、
「口答えを指摘されたからって、ふてくされるのは感心しないわよ?」
……あすかさんも早くソファに来てください。