『CM研』のサークル室。
馬場さんが作成した『ラジオCMの文字起こし』を手渡されて、読んでいる。
へーっ。
これは、ためになる。
「羽田くんはラジオも聴きますか?」
馬場さんのクエスチョン。
「割りと聴きますね」
「FM派ですか、AM派ですか」
「ひょっとすると、AM派かもしれません」
「これは意外だ」
ぼくは軽く苦笑して、
「TBSラジオとか、AMなんですけど、割りにオシャレですよ」
「ニッポン放送は、オールナイトニッポンがradiko(ラジコ)だとタイムフリーで聴けるので、しばしば作業用BGMにしてます。文化放送はアニメラジオで有名ですけど、むしろアニメラジオ系以外の番組に魅力を感じます」
「ほほお。たとえば?」
文化放送の比較的マイナーな番組名を言おうとするぼく。
しかし、いつの間にか入室していた吉田さんが、男子ふたりのあいだに割り込んできて、
「馬場っち馬場っち」
と、トレードマークの緑と白のリボンを今日も揺らしながら、
「ラジオNIKKEIって放送局あるじゃん。あれ、なんなの?」
と、ラジオNIKKEI関係者の方々に配慮のカケラも無いような口ぶりで、クエスチョンを……。
「僕に訊かれましても。自分のチカラで調べたらどうですか」
「うわっ馬場っちヒドいヒドい」
大げさに喚く彼女。
あなたの傍若無人ぶりも結構なモノがあると思うんですけど。
ぼくは見かねて、
「吉田さん。まずですね、ラジオNIKKEIはかつて、『ラジオたんぱ』という名前だったんですよ。それで……」
× × ×
ラジオNIKKEIは中央競馬の場内実況放送を担当していて、したがって、姉の先輩である葉山さんが詳しい。
……さて、邸(いえ)に帰ってからも、ラジオCM文字起こしを読むのを続けているぼく。
1階の端っこに近い小規模なリビング。だれかがここまでやって来る可能性は低く、ゆったりと文字起こしを読むことができる。
ちょっとした贅沢感もある。
……しかし、可能性は低いはずだったのに、ぼくの背後からペタペタペタ……というスリッパの音が聞こえてきて、贅沢感をアッサリと壊されてしまう。
「あすかさんなんですか」
振り向かず訊いた。
「当たりぃ~」
軽薄な口調で答えるあすかさん。
「どうしてこんな『最果てのリビング』まで……」
「利比古くんがいるだろうなあ、って思って」
「はい!? 超能力ですか!?」
「かもねー。わたしも存外、エスパータイプ」
『存外』というコトバを使うとは、レアな……と思っていたら、急速に歩み寄ったあすかさんが、ぼくの眼の前に回り込んできて、
「はい。わたしの右手には『うすしお』、左手には『コンソメパンチ』がありまーす」
と、2つのポテトチップスを見せびらかして、
「どっちが食べたい? 15秒以内に決めないと、わたしがどっちも食べちゃうゾ」
とか言ってくる。
ぼくは左手を伸ばし、『うすしお』を取った。
「ゲゲッ、マジで」
下品なリアクションを……。
「利比古くん『うすしお』派だったわけ!? 淡白な味わいが好きだなんて、ビックリのビックリ」
「あすかさんはどーなんです?? 『コンソメパンチ』派なんですか」
「なんでわかるの」
「……」
「ジト目で見ないで理由答えて」
「理由よりもっ。もし、ぼくがコンソメパンチを選んでいたら、どーするつもりだったんです? うすしおで妥協できたんですか?」
「できたよー。うすしおは、コンソメパンチに次ぐ第2の『推し』なんだから☆」
少しばかりイラつきながらも、ぼくは、
「ポテチって」
「?」
「思ったより、フレーバーのバリエーション、無くないですか」
「そっかなあ」
「『のりしお』ってありますよね?」
「あるね」
「『のりしお』なんて、どこのだれが『推す』んですかね」
「危ない橋渡ってるよ~ん、利比古くぅん」