【愛の◯◯】完全なる誕生日の忘却と、完璧なる誕生日の記憶と。

 

「…はいっ、ランチタイムメガミックス(仮)、お送りしているわけなんですが、続いてのおたより。

 

 ラジオネーム『水際でふんばる』さんから。

 

先日ボク、誕生日だったんです。お祝いしてください!!

 

 お~~。

 それは、おめでとう、だなぁ~~。

 

 でも、ただ『おめでとう』言うだけじゃあ、物足りませんよねぇ。

 

 ――歌でも歌う?

 即興で作った歌でもいいなら、歌うよ?

 や、もちろん、テキトーに歌う歌、なんだけどさあ。

 

 …行ってみようか、歌ってみようかあ。

 

 おめで~と~う~♫

 おめで~と~う~♫

 こころを込めて~ まごころを~♫

 キミの未来に~~ 幸せあれ~~♫

 

 

 ……どうよ。

 わたしの歌唱力……なかなかじゃない?

 曲は、どうあれ。

 ね?」

 

 

× × ×

 

「お誕生日の歌を即興で作って歌うなんて、すごいじゃないですか」

 

ランチタイムメガミックス(仮)の模様を聴いていたぼくが、感心して板東さんに言うと、

「ま、テキトーな歌だけどね」

「歌唱力、自信あるんですか?」

「他人(ひと)と比べて歌唱力がどうか…はわかんないけど、歌声のキレイさには、ちょっと自信あるよん」

「アナウンスのトレーニングで、鍛えてるんですもんね」

「そゆこと」

「にしても……校内放送でとつぜん歌い出すなんて、度胸、ありますね」

「度胸がなきゃ、毎日、放送なんかしてないよ」

「なるほど…」

 

「ところで、『お誕生日』といえば、さあ……」

「? なんですか、板東さん」

「羽田くん、羽田くんのお姉さんの誕生日、いつだっけ」

「……なんでぼくより先に、ぼくの姉の誕生日を」

「教えてよぉ」

「……11月14日、ですけど」

「ほーーっ。…ちょっとまって、わたしメモっておきたい」

「メモはご自由に…」

 

メモ帳を見ながら――、

ついでに羽田くんの誕生日は?」

「ヒドくないですか……?」

「なんで急激に仏頂面になるの」

「なりますよ」

「――で、羽田くんの誕生日は、教えてくんないの??」

「板東さんが――もう少し、イジワルじゃなかったら、よろこんで教えてるところなんですけどね」

えええ~~なにそれ

 

× × ×

 

「8月14日ですよ」と、けっきょく――最後には、板東さんに教えてあげた。

 

誕生日って、大事だよね。

じぶんの誕生日を忘れるようなオトナには――なりたくない。

姉の誕生日だって、忘れたくない。

 

 

ところで。

――あすかさんの誕生日って、いつだっけ?

なんだか、

彼女の誕生日が、差し迫っていたような、そんな記憶も……。

 

……。

……。

 

待てよ?

たしか、

『差し迫っていた』どころの話じゃ、なかったような。

 

ええっと、

記憶のすみっこを、ほじくってみれば――、

 

6月……。

6月だったはずだ。

つまり、今月……。

今月の、

今月の、

 

 

 

――今週ッ!?

 

 

あ、

まずい、

最上級のまずさだ、これ。

 

今週が、あすかさんの誕生日だったはずなのに、

ぼく、なんにもプレゼントとか、用意、してないよ。

 

手遅れ、ってやつだ……!!

 

 

× × ×

 

「…どうしたの利比古くん? そんなに肩落としちゃって。テレビでも、見ればいいのに」

「あすかさん……」

「うずくまってるみたいに、してないでさ」

「……」

「どーしたっての。絶望がやってきたみたいに」

「……あすかさんに、謝らなきゃいけないんです」

「なぜに??」

「ぼくは、

 ぼくは、

 ぼくは……あすかさんのお誕生日を、完全忘却していました……!!」

 

懺悔のぼく。

しかし、意外なくらい柔らかな表情で、『懺悔くん』状態のぼくを、じっくりと眺めて、それから彼女は、

 

「それは――わたしのほうにも、落ち度があったから」

「いいえ。ぼくが忘れていたのが、悪くって」

「じぶんを責めすぎないでよ、利比古くん。

 わたしが予告してなかったのが――悪かったよね。

 ちゃんと『もうすぐ』って予告してれば、利比古くんも深刻になることはなかった」

 

「……もうひとつ、あすかさんに謝りたいのは。

 貯金が、いま、あまり貯まっておらず……主に金銭的な理由で、誕生日プレゼントを贈ることができない、ということです……」

 

「…そんなこと、気にしなくたって、いいよ?」

 

「ですけど!! あすかさんの18歳の誕生日は、一度しかなくって、」

「28歳の誕生日だって38歳の誕生日だって、一度しかないじゃん。特別、って意味では、どの誕生日も、変わらない」

「もったいないことをしました……ぼくは」

「……どこまでクヨクヨするかなあ」

 

あすかさんは、ずっと笑顔だ。

 

「ま、こういうクヨクヨも、利比古くんらしいか」

「あすかさん……」

「いまの、利比古くんの、反省っぷりが――、

 もしかしたら、わたしに対する、プレゼントみたいなものに、なってるのかもねえ」

「おっしゃる意味が……」

「わかんない?

『まごころ』。

『まごころ』が、伝わってますよ! ってことだよ」

「伝えられてる自信……ないです」

「こらこら」

「……」

「弱気なままだと、叱りたくなっちゃうじゃない」

「……」

「凹(へこ)みっぱなしだったら、利比古くんの誕生日のとき、お祝いしてあげないよ?」

「……それは、困るかも」

「でしょ?

 バッチリおぼえてる。

 8月14日」

!!!

「わたしは……きちんと、おぼえてるよ。」

 

 

ぼくの誕生日を、

あすかさんが、知っている。

 

『8月14日』だと、一発で、言える――。

 

正直、予想外だった。

 

――ぼくのこと、あすかさんは、ちゃんと見てくれていて。

 

やっぱり、あすかさんは、スゴいんだ。

ぼくの100万倍、スゴくて――頼りになって。

 

あすかさんが、ひとつ屋根の下にいる、ということ。

恵まれているんだなあ……と、こころから、実感する、月曜の夜だった。