「おねーさあん」
「なーに? あすか」
「今度いつピアノを弾いてくれるの?」
「んー、いつにしよっかな」
「わたし待ち遠しくて仕方無いの」
「そんな顔してるわねえ」
「毎日でも弾いてほしい」
「ムチャ言わないのっ、あすか。ほんとーにもう☆」
「ストリートピアノでもいいじゃん」
「えー。注目浴びちゃうし」
「おねーさんが注目浴びてるトコロ見て、誇らしいキモチになりたいの」
「なにそれ~。あすかも妙なこと考えてるのね~~」
× × ×
「おねーさん、CD再生してもいい?」
「どうぞどうぞ。あすかはなにが聴きたいの?」
「チャットモンチーの『耳鳴り』」
「ファーストアルバムよね。20年近く前のリリースで、わたしもあすかも小学校に入る前」
「わたしの趣味が変わってるのかな」
「全然いいんじゃない? 2000年代J-ROCK好きもあすかの個性よ」
「そう言ってくれて嬉しい」
「わたしの恩師の伊吹先生が、チャットモンチーの直撃世代」
「伊吹先生って今お幾つなんだっけ」
「ダメよ~~。オトナの女性の年齢をすぐに知りたがるのは」
「きびしいね」
「ところで、わたしはチャットモンチーだと、『告白』ってアルバムがいちばん良(い)いと思うんだけど」
「さすがぁ。さすがおねーさんだ」
「あすかも同意?」
「うん。あのアルバムは捨て曲が無いんだよね」
「わかるわぁ」
「『耳鳴り』を聴き終わったあとに『告白』も聴こっか」
「それ、いい! ナイスよ、あすか」
× × ×
マンションの夜。
おれは、上記のような愛とあすかのやり取りを、静かに眺めていた。
愛は、あすかを呼び捨て。
あすかは、愛にタメ口。
これはすなわち。
「――いわゆる、『呼びタメDAY』」
「そうよアツマくん」
向かい側のソファであすかと隣り合う愛が、『呼びタメDAY』であることを認めた。
「『呼びタメDAY』。『呼び捨て&タメ口DAY』の略。この日だけは、愛はあすかを呼び捨てにし、あすかは愛にタメ口になる」
「説明ゼリフありがとう、アツマくん」
ニッコリと言う愛。
あすかも愛に乗っかるように、
「兄貴、説明ゼリフが上手だね」
思わず、カーペットに胡座(あぐら)をかいたまま、左腕で頬杖をつき、
「おまえら、わざわざ『呼びタメDAY』を設けんでも、普段から呼び捨て・タメ口でいいんちゃうか」
「どうして微妙に関西弁っぽい喋りになるの」と愛はニコニコ。
「あのさー。『親しき仲にも礼儀あり』ってコトバ分かんないの? 兄貴は」とあすかもニコニコ。
おれは、
「もはや、『親しき仲にも礼儀あり』って領域でも無い気がするんだが」
「ちょっとよく解(わか)んないわね」と愛。
「領域ってなに、領域って」とあすか。
おれはいったん押し黙る。
が、
「これは、おれの未来予測なんだが」
と、ソファのふたりに眼を凝らして、
「いつかは、おまえらふたり、日常的に『呼び捨て・タメ口』関係になってる気がする」
「『気がする』ってー。ずいぶんあやふやな未来予測じゃーん」
うるさいぞあすか。
胡座の両膝に手をつけて、おれは、
「愛があすかのことを『あすか』と呼び、あすかが愛に『です・ます調』を使わなくなる。おれ個人の感覚だが、そんな関係性を想像したら、微笑ましくなる」
一瞬顔を見合わせるソファのふたり。
それから、愛が、
「『微笑ましい』ってなによ。ちょっとよく解んないわ」
「あっ。おまえ、『ちょっとよく解んないわ』って言うの、今日2度目」
「そ、そんなとこツッコまないでよっ、アツマくん」
「『ちょっとよく解んないわ』が、『どうしてわかるの……』に続く持ちネタになる予感がするぜ」
「勝手にわたしの持ちネタを決めないでっ」
「そーだよ兄貴ッ!! おねーさんが可哀想だよ」
確かにな。
「すまん、ひとこと多かった」
「ひとことどころじゃ無かったっ」
そう言った愛は、隣のあすかと手を繋ぎ始め、あすかに対しては優しい笑い顔になって、
「ねえねえ。明日も『呼びタメDAY』を継続したいキモチになってきてない?? あすか」
「きてるきてる。兄貴があることないこと言いまくるおかげで、ね」
……ずいぶん突拍子も無い思いつきですねぇ、おふたりさん??
おれを置いてけぼりにして、ニッコリニコニコと笑い合いやがって……。